正義感の代償はパワハラ…「幽霊消防団員」という開けてはならない“パンドラの箱”
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BW_machida

2021/06/02

 

消防庁によれば、日本全国の市町村に配置されている消防団員数は81万8471人(2020年4月現在)。統計のある1956年の183万222人に比べて、半分以下の人員となっている。そしてそこには、年間153億円もの税金(消防庁による令和3年度予算概算)がつぎこまれているのだが、果たしてそれは、どこまで正しく使われているのだろうか。

 

すでに1年半を経ようとしているのに、いまだコロナ騒ぎは収束の様子を見せない。収束どころか、1年延期したオリンピックの開幕(?)を目前にして、9都道府県に非常事態宣言が出され、10県下がまん延防止重点処置の宣言下にある。
すでに異常気象とも呼ばなくなった気候変動は、当たり前の梅雨を局地的な集中豪雨と化し、連日TVは、コロナ騒ぎと浸水・土砂災害のニュースで賑わっている。そんなニュース映像の中に、消防士とは異なる制服をまとった消防団員と思しき姿を見ることがある。

 

コロナでこそ出番がなかったであろう消防団も、浸水・土砂災害となれば出動機会が増すはず。市民にとっては心強い存在だが、と同時に彼ら自身の安全も気にかかる。果たして彼ら消防団員は、私たちが思っているような職能集団なのだろうか。
そんな彼らの活躍を思わせるニュース映像を観ながら、先ごろ刊行された『幽霊消防団員』(光文社新書)を読んでいる。神戸市生まれで毎日新聞の記者でもある著者が、長年取材し記事にしてきた消防団にまつわる様々な問題を、改めて一冊にまとめたものだ。
著者の取材力は言うまでもないが、神戸市に生まれ、阪神・淡路大地震を通して見た地域の防災・援助活動の裏と表に対する驚きから始まったものだけに迫力がある。

 

私自身、1995年(平成7年)の阪神・淡路大震災の被災者でもあり、2019年の熊本地震、18年の西日本豪雨では災害取材も経験した。現場で救助活動などに取り組む消防団員も目の当たりにしていて、団の必要性は大いに感じている。

 

早くから故郷を後にして上京した私は、消防団という組織の存在こそ知ってはいるけれど、その実在を意識しないで済む暮らしをしてきた。そんな私は数十年ぶりに帰郷し、同級生の多くが消防団員として活動しているという事実に軽く驚いたりしたものだ。とはいえ当時の私に、消防団に対するネガティブなイメージは無かった。
幼い頃から共に遊び、同じ地元の小学校から中学校へと進んだ彼らのことは、その後の人生にこそ違いはあるものの、本質的に備えている人間性などおおよそ把握している。そう、彼らは決して悪人ではない。
悪人どころか、卒業後も地元に残り正業に就き、結婚し子育てに励んでいる彼らは模範的な市民であり、当たり前の家庭人である。そんな彼らと共有する記憶の中でも、決して彼らは悪人ではなかった。

 

定期的(?)に集まっては、消防団各自はもとより地域住民の防災意識や施設・器具を確認し、自らも消防活動の一助となれるよう初動対応の訓練に励む。消防団とはそのための組織であり、そんな彼らには消防機器を備えた「詰所」と呼ぶ機庫がある。
彼らが口にする面白おかしい酔談には、この詰所(機庫)がしばしば登場し、年に一度は慰労を兼ねた旅行をし、旅先での羽目を外した話がつきものだった。そして、それを聞く私は、そんな話の向こう側にある闇に気付こうともせず、詰所の存在に微かな面白味すら感じていた。
なぜなら、それを語る彼らは極めて模範的な一市民であり、私自身が幼い頃からよく知る「悪い奴らじゃない」彼らには、微塵も悪びれた様子はなかったからだ。
しかし本書を読み進めるうちに、そんな彼ら、かつての同級生たちの内に隠された「罪」を知らされることになってしまった。

 

道府県庁所在地45市の消防局・消防本部・一部事務組合では、活動実績にかかわらず、条例で定められた報酬(一般団員の場合、年間1万3000~5万円)が支給される。これとは別に、消火活動や訓練などへの参加があれば、1回数千円程度の出動手当が支払われている。階級が上がれば報酬の支給額も増え、10万円以上に上るケースもある。

 

本書によれば、これら各消防団員に支給される報酬が、彼らが日常的に行っている懇親会や慰労会に費やされているようだ。
考えてみれば、私の同級生たちが語る年一の温泉旅行における乱痴気騒ぎなど、およそ個人負担でするには余りにも馬鹿々々しく大げさだ。
では、それほどの浪費を支える財源は一体どこから捻出されていたのだろう。
本書の中でも、それらの費用の一部は参加者各自が一部(1万円とか)負担しているケースもあるとレポートされているが、その大半は、支払われないままプールされた団員報酬であろうことは想像に難くない。
それは紛れもない税金であり、あくまでも消防団員個人に支払われるべき報酬だ。これが支払われないなどあってはならないし、また非常時に備えての各種機材に対する予算を、異なる目的に流用するなど犯罪以外のなにものでもない。

 

男性は知人の誘いで消防団の富山分団に入り、振り込み用の口座を農協系の金融機関で開設してキャッシュカードと通帳を分団長(故人)に渡した。まさか、分団で口座を管理するとは思ってもみなかった。分団が開く月1回の飲み会は、ほぼ強制参加。会場は分団の機庫の2階で、チラシ寿司やすき焼き、缶ビールなどが出た。

 

ここまで読んで、頭がくらくらした。本書に記された地名が知らない町であるだけで、その内容は、まさに同級生の彼らが私に語った「消防団のある日の出来事」でしかない。
そして、そんな話を聞かせてくれていた友人は、地元農協の金融機関の職員である。
などと本書を読み、まるで正義の人かのように驚いている私だが、そんな私の持ち合わせている順法精神などお恥ずかしい限りだ。恐らくは、地元の消防団で活動(?)する彼らの同精神にすら及ばないだろう。
また、様々な組織や自治会などで問われるコミュニケーションの問題を考えれば、それが自らに支払われる報酬を充てているのであれば、なにがしかの決まり事には触れるのかもしれないが目をつぶれないこともない、というのが私の正直な感想だった。
しかし本書によれば、問題はさらに深く醜い部分をはらんでいた。

 

毎日新聞が2回にわたって実施したアンケート調査では、全国10万人以上の自治体で2年間にわたって活動履歴のない団員が5039人いて、大半が報酬を支払われていた。支払い総額は3億円以上に上った。

 

忘れてならないのは、消防団に支払われている報酬はもちろんのこと、消防活動に必要な備品を揃えるべく組まれている予算が税金だということ。
さらに問題は、消防団員に支払われるはずの報酬が、団員個人でなく、分団単位で管理されていたり、活動実績のない人(本書ではこのような人を幽霊団員とよんでいる)までもが対象として申告され、申告さえすればほぼ無条件で支払われるシステムになっているらしい。こうして、分団が管理する各口座に振り込まれた報酬が、慰労や慰安を名目とした飲み会や旅行に費やされる。
中でも最も悩ましい問題は、そんな消防団の実態に嫌気がさし、退団した後も幽霊団員として名簿上在籍していることになっていたり、そんな実情を団の上位者や行政の担当者に相談しても、何も解決しないまま放置され続け、果てはいつしか相談者自身がのけ者扱いされてしまうなど、地元でのけ者状態に置かれてしまうことのようだ。

 

本書の中で、筆者は消防団を「パンドラの箱」と称している。
なるほど、開けたが最後次から次へと問題が噴出してくる様子がよく描かれている。
『幽霊消防団員』(光文社新書)は、極めて身近な、およそ他人ごとでは済ませられない問題提起をしてくれる。

 

文/森健次

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