ダイエットのために自転車でバターをつくる!?勉強になってお腹も満たされる、食の新・エッセイ
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ryomiyagi

2021/06/28

不思議に思ったことはないだろうか。クッキー作りに必要な材料の分量は、なぜレシピごとにちがうのか。理由はもちろん明白だ。レシピを考えた人によって、一番美味しいと思う分量がちがうのだ。しかし化学式の世界に慣れ親しんだ実験系研究者にとっては、これが気持ち悪い。ということで、最適なレシピ、つまり素材の分量が平均化されたクッキーを作ってみることにする。そんな食べものにまつわるちょっとした疑問を、大学で生物学を教える研究者が知識と科学の力で真剣に実験して食べてみる。その結果から、意外な事実も明らかになってくる。

素材の分量には最適となる平均値があるのではという想像図

 

太陽の光だけでお米を炊けるか、世界最小の器具でポップコーンを作れるか、漫画で見たタクアン製造マシンは実現できるか…なんでそんなことを?なんて思わないでもらいたい。著者はしごく真面目に、実験に取り組んでいるのだから。たとえば、あるとき妻からスコーン作りを手伝うように言われた著者はふと疑問を抱く。

 

「嫁は生クリームを買ってきて、空のペットボトルに入れ、居間で転がっている僕に渡した。
『ハイ、運動』
『運動?』
『生クリームを振ると、バターとホエーになるから』
これぐらい運動しなさいよ、と突かれて、僕はペットボトルを振り始めた。すると5分くらいで液体だった生クリームが固形化してきた。
『おっ、何かできだぞ』
手を止めて眺めていると、
『もっと振れ、それはまだバターではない、ホイップクリームだ』
そんな嫁の叱咤を受け、無我夢中で振り続けると、やがてうっすら透明な『ホエー』と呼ばれる液体と、固体のバターに分かれた。
『ホエー、これは珍妙な』」

 

生クリームからバターができるまでの分子的な変化(イメージ)

 

生クリームがホイップクリームになり、最終的にはバターになる。これはクリームの中に脂肪が入っていることと関係している。著者曰く、脂肪は薄い膜で覆われており、振ることで膜が破れて中の脂肪同士が繋がるらしい。さらに振り続けると脂肪のあいだに空気が入った状態になり、ホイップクリームとなる。もっと振れば、さらに脂肪どうしがくっついて、最終的にバターとなるわけだ。

 

出来上がったスコーンを頬張りながら、著者は思いついてしまった。「もっと効率よくバターを作ることができれば、もっと大量のスコーンにありつけるのではないか」と。子どもみたいな好奇心がむくむくと湧きあがる。ちょっぴり大人な自由研究のはじまりだ。

 

そうして作ったのが、名付けて「自転車バター製造機」。自転車のタイヤの回転を利用して、生クリームを入れたペットボトルを振動させるというもの。失敗を重ねて、壮絶な苦労の末、ついに念願のバターが完成する。

 

「55分間の自転車の運転で消費したカロリーは、約265キロカロリー。
一方、出来上がったバターは31g、223キロカロリー(1gあたり7.2キロカロリーで計算)。
装置を作るのに要した金額。だいたい5800円。高い。31gのバターくらい100円以下の値段だろう。しかし、コストなど関係ない。自転車に乗ることが億劫だった僕が、2時間近く自転車を漕いだという奇跡に伴って、副次的に生まれたバターなのだ。」

 

バター作りをはじめ、どの実験も一筋縄ではいかない。成功することもあれば、失敗もある。ハプニングの連続だ。それでもあきらめない著者を応援したくなる。勉強になって、お腹も満たされる、これまでにない食エッセイだ。

 

イラスト 松尾祐一

 


『理系研究者の「実験メシ」』松尾佑一/著

馬場紀衣(ばばいおり)

馬場紀衣(ばばいおり)

文筆家。ライター。東京都出身。4歳からバレエを習い始め、12歳で単身留学。国内外の大学で哲学、心理学、宗教学といった学問を横断し、帰国。現在は、本やアートを題材にしたコラムやレビューを執筆している。舞踊、演劇、すべての身体表現を愛するライターでもある。
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