将棋のことを知らずに読んでも「人の生きざま」を感じられる短篇集|芦沢央さん新刊『神の悪手』
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2021/08/14

撮影/藤岡雅樹

 

吉川英治文学新人賞、直木賞、山本周五郎賞等主要な文学賞の候補に挙がり続けている“どんでん返しの女王”芦沢央さん。新作は将棋界を舞台にした短編ミステリー集です。

 

「棋譜は何万とあるけれど、どれ一つ同じものはないことを小説に生かしたくて」

 

『神の悪手』
新潮社

 

ミステリー作家の芦沢央さんの新作『神の悪手』は将棋の世界を舞台にした短編ミステリー集。将棋に対する思いを支えに、運命を切り開いていく人々を描きます。

 

「実は、将棋のことは少しも詳しくなかったんです。あくまでも“奨励会好き”でした(笑)」

 

芦沢さんは苦笑いしながら、作品の出発点について語ります。

 

「奨励会は棋士養成機関ですが、26歳までにプロになれなければ退会するシステムです。子どものころからひたすら将棋に打ち込んできたのに、夢を絶たれたうえ、学歴も社会経験もないまま放り出されてしまうという、このシステムに興味がありました。彼らの姿が自分に重なったということもあります。高校時代から作家になりたいと思っていましたがなかなかなれず、夢に押しつぶされそうになる日々が続きました。夢の諦め方がわからず苦しんだ時期もあって……。それで、駒の動かし方一つ知らないのに、この恐ろしい場所にはどんな光景があるのか見たいと思うようになりました」

 

週に1回将棋教室に通ってルールを学び、定跡を覚え、対局を観戦しながら棋譜を並べ、ネット対局もするようになった芦沢さん。一方で、奨励会員をはじめ関係者への取材にも力を入れました。

 

「棋戦の中継を見たり、棋士のインタビューを読んだりしていくうちに、どんな棋士がいて、生い立ちがどうで、どう将棋と向き合ってきたかなどがわかってきて、将棋がすごく面白くなりました。ものすごい時間と労力をかけて研究を重ね、戦略を練って、一手ずつ積み重ねていっても、たった一手ですべてが台無しになる瞬間がある。どの対局にも棋士の何十年の人生が詰まっています。たった一人でこれだと思う一手を選び取っていく棋士にベタ惚れしました。
もっとも“夢を諦めなければならない世界で生きる人”を描くならスポーツ小説でもいい。私は将棋でしかやれない物語を書きたかったんです。取材で棋譜は何万とあるけれど、どれ一つ同じものはないと知り、小説に生かしたいと考えました。ミステリーを10年書いてきて積み上げた力を発揮したいという思いもありました」

 

本書には、災害避難者の性被害問題や将棋界の“強いものが偉い”という空気から生まれる抑圧を織り込んだ「弱い者」、年齢制限による退会が迫り、追い詰められた男が将棋人生を懸けたアリバイ作りに挑む表題作、将棋の駒を作る駒師を描いた「恩返し」など5編の濃密な短編ミステリーが収録されています。

 

「将棋の世界はいろんな戦い方を見せてくれます。天才ばかりが集まっているような場所で、誰もが勝利を求めて努力を重ねるけれど、勝敗は残酷なピラミッドを作る。どう戦えばいいのか、自分の存在意義は何か、という問いを突きつけられて足掻きながら、それでも手が届かないものに手を伸ばし続ける姿に、私は励まされるのです。“運命に翻弄され、逆境でも前に進み続ける人がいる”という光のある話になったのは、将棋からパワーをもらったと私が身に染みて感じたからだと思います」

 

将棋を知らなくても楽しめる、短いけれどスケールの大きな作品ばかり。究極の人生応援歌です。

 

PROFILE
あしざわ・よう●’84年、東京生まれ。’16年刊『許されようとは思いません』が第38回吉川英治文学新人賞候補、’18年刊『火のないところに煙は』が第32回山本周五郎賞候補、第16回本屋大賞候補になり、第7回静岡書店大賞を受賞。’20年刊『汚れた手をそこで拭かない』が第164回直木賞候補となった。

 

聞き手/品川裕香
しながわゆか●フリー編集者・教育ジャーナリスト。’03年より本欄担当。著書は「若い人に贈る読書のすすめ2014」(読書推進運動協議会)の一冊に選ばれた『「働く」ために必要なこと』(筑摩書房)ほか多数。

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