スローライフはあり得ない!「田舎暮らし」 における本当の“宝物”とは?
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ryomiyagi

2021/09/23

 

体よく退陣した前首相の後釜として、的外れなコロナ対策を乱発するだけだった菅政権も、およそ1年の短命に終わった。果たして、安倍&菅政権の9年間に、国民はどれ程のものを失っただろう。この9年間というもの、金で金を買い続けるという最悪の景気対策だけに偏向し、都合の悪いことは「知らぬ存ぜぬ」を押し通す、学級委員会ですら通用しない嘘と誤魔化しばかりを国民は見続けてきたように思う。
そんな末路に現れた、とどめを刺すかのようなコロナ禍。
資本主義における、ありとあらゆるビジネスが「是」とする「集客」がタブーとなったとき、世界の経済基盤はグラグラと揺さぶられた。そして人は、企業は、国家は、「ウィズ・コロナ」だかなんだかの、次なる在り様を模索している。

 

そんな中、ずいぶん前に流行った「スローライフ」とか「田舎暮らし」などという言葉が、緊急事態宣言下で動きようがないにもかかわらず、静かに、そして確実に浸透しているように感じる。30年来の友人が、生まれ故郷の更に僻地へ奥方と二人して移住しようとしていたり、かつては雑誌の見出しでしかなかった「田舎暮らし」が、俄然リアリティをもって迫ってきている。
しかし、都会好きな田舎生まれの私には、「スローライフ」などはピンと来ないし、「田舎」の現実を知る者としては、そんな空気に違和感を覚えてしまう。
『田舎暮らし毒本』の著者は、雑誌記者を経てフリーライターとなり、現在は小説家として程よい山中のログハウスに暮らす、まさに絵にかいたような「リモートワーカー」であると同時に、多くの人が憧れる「スローライフ」の体現者である。そんな彼が、自らの体験を経て何を語るのか。
さっそくページを繰ってみた。

 

田舎暮らしにスローライフはあり得ない!(本書より抜粋)

 

本書の表題「田舎暮らし毒本」もさることながら、この帯書きもなかなかのインパクトがある。
念願のログハウスを手に入れ、「リモートワーク」を実践し、「田舎暮らし」真っ只中の著者は、本書を通し一貫して「田舎暮らし」&「スローライフ」的なイメージに対してナンセンスを唱えている。
確かに、現代の日本社会において、田舎とはいえ、そこは良くも悪くも都市のミニチュアでしかなく、都会にある利便性のみが思うに任せないだけの違いだろう。電話線は言うに及ばず、携帯の電波も遠隔地にでも行かなければ通じる。電気・ガス・水道の生活インフラも、ほぼほぼまかなえている。ましてや、スローライフを求めてはいても、だからといって頑なな主義・主張でもない限り、あえて不便を求めるわけではないはずだ。その辺りの傾向は、昨今の移住者事情を見る限り、やはり「田舎暮らし」を求めてはいても、その多くが近くに人の住む、地方都市の郊外程度の「田舎」が好まれているらしい。
著者も、「大草原の小さな家」のような大自然の奥地ではなく、近くにコンビニかスーパーがあり、病院がある…程度の田舎を選んでいる。

 

そして見つけた理想的な土地に、著者は長年の夢だったログハウスを建設する。
本書はそこから、ログハウスの問題点や注意事項を、極めて具体的に教授している。それは、建材の見極めから屋根・床、及び暖房の課題や解決策に始まり、薪ストーブの良さと難しさや、部屋割りから生活動線の引き方など、ログハウスに特化しながらも、それ以上に参考になるこまごまとした細工や工夫にまで及ぶ。
加えて、草刈りや雪かきに追われる苦労や、薪を調達する術。草刈り機はもとより、チェーンソーまでもが必要となる現実がそこにある。
それほどに、都会を離れて田舎で暮らすには準備と覚悟が必要なのだろう。

 

考えてもみてほしい。
たとえば自然豊かなこの土地。我々はその自然を求めて都会から移住してくる。ところがもともとここに暮らしていた人々にとって、自然とは不便さの代名詞なのである。
彼らと話していて、「近くにスーパーができたから良かったね」とかいわれる。つまり、常に地元民は”便利”を求めているのである。

 

その通りである。私たちが旅行に行って、「このまま長閑なままで居て欲しい」などと口にするが、そこに暮らす人の多くが「もっと便利になればいいのに」「はやく変わらなければ」と真剣に考えていたりもするのだ。

 

さらに著者は、生活道路の整備や清掃。いかに水を確保するかの、法的な問題や対処法。また、狩猟期間中のハンターとの生々しい(と言うよりは恐怖の)やりとりや、シカ・イノシシ・サルなどの害獣駆除というハンティングに対する法的保護(?)。そして、地域住民の「必要悪」意識との戦いなど、新米住民ではとても力の及ばない問題を、極めて詳細に教えてくれる。

 

あげく地元の土地で、私に対する悪い噂が撒かれるようになった。
いわく「あいつは愛護団体らしい」というのである。
まったく根も葉もないデタラメもいいところなのだが、旧弊な土地でよそ者が目立つようなことをすると“出る杭は打たれる”ということになる。単純に悪役認定されてしまうのである。
ムラ社会というのは、村の中と外を区別する。鬼は外、福は内である。
けっきょく、私と周囲の理解者たちだけによる孤軍奮闘しかない。
そんな孤立無援の戦いだったのである。

 

私自身の故郷を思い出した。おそらくは本書を読む、地方出身の読者のほとんどが、迷うことなく自身の生まれ故郷を思い描くに違いない。それは私のように、生まれも育ちのその土地であるにもかかわらず、東京暮らしが人生の過半に及ぶという事実は、イザとなれば「帰り新参」扱いをされ、地域住民の輪から遠ざけられてしまうのだ。
私が本書を読む以前、「田舎暮らし」などという流行り言葉に少なからず疑問を抱いていたのは、まさにこの住民意識の壁だった。
しかし本書の終章で、田舎暮らしの注意点をさんざん列挙してきた著者は、それでも田舎を選んでよかった点を記している。

 

山や渓流はすぐ近くにある。
そこにいる__というだけで、なぜか満足してしまうのである。
では、田舎暮らしの本当の価値とは、いったいどこにあるというのだろうか?
二十年の生活で得られた結論。
それは__人である。
何よりもまず、いろいろと苦労を重ね、家族の大切さがわかった。
のみならず、周囲に暮らす人々。さまざまな人たちとの関わり。
それこそがこの土地における宝物だった。

 

若気の至りで都会に憧れ、都会暮らしにドップリつかってはみても、歳と共に意識は変わる。都会の利便性を享受してきたとはいえ、それすらも歳を取ればさほどに求めるモノではなくなる。
たとえ近くにオシャレなバーがなくとも、大きなショッピングモールがなくとも、地元のスーパーまで行く車(軽自動車か軽トラ)があれば事足りるし、年に何度か気の知れた仲間と呑み交わせれば、それで十分満足できる。そんな歳になった。
さらに加えて、そこでは今の時代にあり得ないような「ギブ&ギブ」に出会えたりする。
だからか、そろそろ「田舎も良いか」と私も考え始めている。
そんな折に、本書『田舎暮らし毒本』に出会えた。本書は、田舎生まれの私ですらも見落としていた田舎のリアルを、実践者である著者だからこそ語れる「田舎暮らしのQ&A」として教えてくれる。優れた「田舎暮らし」の教則本である。

 

文/森健次

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