都市に「耕す市民」が増えてきている!コロナ禍が激変させた食と農の現場
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ryomiyagi

2021/09/28

 

現在、日本各地には耕作放棄地が急増している。かつて休耕田として、対米輸入問題のしわ寄せを農家が背負わされた時代があったが、昨今言われる耕作放棄地とは、当時の休耕田とは意味が違う。確かに、安価な輸入作物により、従来の耕作コストが賄えなくなったこともあるが、農業従事者の高齢化や不足が最も深刻な問題である。
しかし、これらの問題は、実は農業の問題では無く、現在の日本が抱える構造的な問題なのでは無いだろうか。

 

先ごろ、『日本の食と農の未来』(光文社新書)を手に入れた。著者は、地域社会学や食と農の社会学を研究する農学博士の小口広太氏だ。同氏は本書で、我が国の食と農に関わる問題を解説し、いかに持続可能な食卓を確保するかの未来像を提案している。

 

都市の食卓は、「都市近郊農業」が支えてきました。例えば、江戸は100万人以上の人口を抱え、世界最大級の都市でした。鎖国という状況の中でも、巨大都市を養うことができたのは、その周辺に食糧を提供する農業があったからです。しかも、都市で発生する下肥(金肥)と農作物を交換する「循環型農業」でした。

 

そういえば、まだ私が小学生だった頃は、学年に一人くらいは、どこかの肥溜めに落ちたことがあるという悲惨な過去を持つ者がいた。当時、私が育った地方の農村部には、家庭からでた糞尿を、田畑の近くにあつらえた穴(多くはコンクリートで出来ていた)に溜め、発酵させて堆肥としていた。それが高学年にもなると、肥溜めには囲いが出来、そうかと思うと、いつしか肥溜め自体が無くなった。その頃から日本の農業は、盛んに農薬を使い始めたのだと思う。
今思えば、ちょうど私が中学生になる頃から、家の周囲で乱れ舞うホタルの姿を見ることが無くなったように記憶している。

 

近年、「有機農業」や「オーガニック」という言葉は一般的にも知られるようになりました。有機農作物は、スーパーなどでも普通に購入することができます。(中略)
一般的に、農薬や化学肥料を使用する農業は、「慣行農業」「慣行栽培」と呼ばれています。農薬や化学肥料が普及していなかった戦前、戦後15年ほどは有機農業が当たり前の農業でしたが、農業の近代化によってそれらの使用が当たり前になりました。有機農業は、社会が大きく変化する中で生まれた農業なのです。
ところが、当時の有機農業は未成熟もあり、有機農産物は市場流通で正当な評価を受けることができませんでした。生産者は市場流通を利用できず/利用せず。一方で消費者も有機農産物を入手できなかったのです。

 

近年「田舎暮らし」とか「農業回帰」などという動きが活発化している。先駆けとなったのは、「安全・安心な食」や「地球環境の保全」に対して考えの有る方々だが、ともすれば「意識高い系」などと半ば揶揄されがちだったが、皮肉なことに、このコロナ騒動がその必然性を再認識させたように感じる。

 

コロナ禍は、食と農を取り巻く状況を大きく変化させました。「食」の現場を見ると、食糧自給や地産地消などローカル・フードシステムへの再評価が起こりました。同じく、「農」の現場にも大きな変化が起きています。そのひとつが都市生活者による農への関心の高まりと耕す市民の増加です。人々は耕し続け、耕し始めたのです。(中略)
その始まりは、「自らつくり・運んで・食べる」を掲げて1974年春に創設された消費者自給農場「たまごの会八郷農場」(茨城県石岡市八郷地区)です。消費者が共同で出資し、自ら農場をつくったのです。農場の運営は会員の中から専従スタッフを置きましたが、都市に暮らす会員も購入するだけではなく、共同労働者として生産に関わり、平飼いの鶏卵や多品目の有機野菜を栽培しました。

 

他方、休耕地や耕作放棄地を集めて民間企業が農業経営に参入するという流れも活発になってきているが、この農業の営利企業化に問題は無いだろうか。果たして、今言われている「食と農の問題」とは、儲かる農業を実践することで解決するのだろうか、はなはだ疑問である。
私が知る限り、お百姓さんとは作物を作るのみならず、それにまつわる、耕作地周辺の補修や整備などを「対価を求めない労働」でまかなう人たちだった。今思うに、そんなお百姓さんの日々の労働こそが、国家と国民が、無意識のうちに委ねていた環境保全(事業)だったように思う。儲かる農業を推進する企業体が、このカウントされることのないコストを負うとは思えない。などと食と農を取り巻く昨今の動きを、ややネガティブに考えていたら、本書の中にとても興味深い項を見つけた。
それは、都市の中に、かつての宅地を田畑として、都市に暮らしながら農業を始める、まさに「耕す市民」が増えてきているという動きだ。

 

都市でも高齢化が進み、人口減少の時代に入ります。世帯規模の縮小に加え、空き家問題も顕在化している現状で、これまでのような宅地需要は大きく見込めません。(中略)
都市農業への理解や都市農地の維持は重要ですが、それをさらに一歩進めて、耕す市民の実践を、人間の暮らしに不可欠な「自給」と「つながり」を充足する実践として位置付けることが持続可能な社会をつくる上でも大きな役割を果たしています。こうした都市農業、都市農地の普遍的な価値が認められることによって、その維持と多様な農の担い手は増えていくことでしょう。

 

なるほど、郊外ではなく都市の中に、ビルの谷間とは言わないまでも、一般家庭に隣接して田んぼや畑が出現したら……とても楽しいかもしれない。とはいえ、都市部の宅地規模で、利益を見込める農業などができるとは思えないが、少なくとも農の在り方の多様性は拡大する。なにより、食や農に対する「他人事」の意識を大きく変革させるに違いない。

 

『日本の食と農の未来』(光文社新書)は、食と農が抱える地球規模の問題提起に始まり、その解決につながる方法論と、市民感覚の変革の必要性を訴える緊急提言書だ。

 

文/森健次

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日本の食と農の未来

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