料理ではなく、お客さんの箸を見る――伝説の日本料理店の流儀とは!?
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BW_machida

2021/10/04

 

その店は東京、新橋の路地にあった。お客は裏千家家元をはじめとする有名人や文化人、皇族、海外からオノ・ヨーコもジョン・レノンを連れて訪れた。ここは名だたる食通、いや本当の食通が通う「日本料理の最高峰」と称された店なのだ。本書は、伝説の日本料理店「京味」の料理長、西健一郎の「門外不出の流儀を描き切った唯一にして最高のノンフィクション」である。

 

「季節の素材が料理を教えてくれる」「死ぬまで勉強」「サービス、接客はお客様から教わるものです」そう語る京味の料理長とは、どんな人物だったのだろう。彼はどのような幼少期、修業時代を経て「日本料理の最高峰」と呼ばれるまでの人物になったのか。著者は彼に「いい料理人になるには?」と問いかける。

 

「感謝しようと思って、一生懸命、料理をこしらえ、お客さまと話をしているんです。うちのサービスはそれだけですわ。」

 

料理と客に真摯に向き合う、料理人・西健一郎の人柄を伝えるエピソードが本書にはたくさん登場する。たとえば「他人の評価にはつねに恬淡」な性格だということ。「味のピーク」まで計算して調理してみせる圧倒的な技術力の持ち主であること。料理の盛りつけられた皿を客の前に出して、それをほれぼれと見つめて、香りをかいで、ようやくひと口食べた時点にもっとも美味しくなるように配慮している。調理とは作品を作ることではなく、客に最高の状態で提供すること。そう考えているから、客がカウンターで食べているか、個室かということまで計算にいれる。そのうえで客の好き嫌いを覚え、カウンター越しに客の体調まで見極めて料理を考える。通常の献立では客の要望に添えないと判断したら、内容をその場で変えることもあったという。これはもう、料理人としての力量がなせる業としかいいようがない。京味の主人は驚くほどお客をよく見ているのだ。

 

「僕らはお客さまの箸の動き方を見ていますよ。料理は見ません。お客さまの箸を見ています。好きではないものが出てきたら、やはり、箸は進まないもんですから。」

 

著者によると、1986年から91年にかけての5年間に日本の飲食店業界には大きな変動が起こったという。まずフランス料理の「ビストロ」がブームになり、その次にイタリア料理店が流行った。テレビ番組「料理の鉄人」の放送は料理人を有名人にし、ソムリエ、パティシエの人気が高まり、グルメ業界は拡大していく。そんな中、影響を受けたのが和食店だ。「キャビア、フォアグラ、フカヒレといって高級食材を和食に採り入れる料理人」が次々と現れ、カウンターでの調理をパフォーマンスと呼ぶ者もいた。そんな時代でも「西健一郎と京味は変わらなかった」と、著者は当時を振りかえる。

 

主人の西健一郎は有名人だとか常連だからといって客を特別扱いしなかった。料理番組にも出演しないし、自ら進んで料理の本を作ることもなかった。ミシュランのグルメガイドへの掲載もあっさり断った。京味にとっての評価とは、メディアに掲載されたとか、三ツ星を獲得することではなかった。大切なのは、主人が店にいて、客のまえで料理をすること。京味では「お客さまはすべて一緒」というサービスを徹底している。「京味」の物語は、主人亡きあとも続いている。本書は、奥深い料理の世界へと読者を引き込む一冊だ。

 

『京味物語』光文社 
 野地秩嘉/著 

馬場紀衣(ばばいおり)

馬場紀衣(ばばいおり)

文筆家。ライター。東京都出身。4歳からバレエを習い始め、12歳で単身留学。国内外の大学で哲学、心理学、宗教学といった学問を横断し、帰国。現在は、本やアートを題材にしたコラムやレビューを執筆している。舞踊、演劇、すべての身体表現を愛するライターでもある。
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