『海神』刊行記念インタビュー 染井為人
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BW_machida

2021/10/27

熱量とドライブ感ある作風で、今、注目の作家、染井為人ーー。
『悪い夏』『正義の申し子』『震える天秤』、そして、『正体』と話題作を世に放ってきた。今秋、待ちに待った五作目の小説『海神』が刊行された。復興支援金詐欺事件をモチーフに描かれた、絶望と再生の物語。覚悟をもって挑んだというこの新作について語ってもらった。

 

 

得体の知れない男と向き合う

 

ー『悪い夏』で横溝正史ミステリ大賞優秀賞を受賞して四年、着々と作品を発表し、ファンをつかんできました。染井さんの四作目となる『正体』は、読書メーターの注目本ランキングで第1位となり、大変話題となりました。反響をどのように感じていらっしゃいますか。

 

染井 SNSなどを通じて私にメッセージをくれる読者が増えたり、読み終えた方が周りの人に本を勧めてくれたり、そういう投稿をちらほら見かけるようになりました。また、そうした方々が過去作品も読んでくれるようになり、とてもありがたく思っています。

 

ー『正体』から二年近くが経ちました。少し間が空きましたが、今回、五作目となる『海神』を書き上げ、今どんなことを思いますか。

 

染井 ただただホッとしています。本来なら今年の春先に出版されているはずだったのですが、私の力不足でここまで遅れてしまい、深く反省しています。

 

ー今作は東日本大震災を背景に、実際に起こった復興支援金詐欺事件を扱っています。

 

染井 震災から数年経ったときだったと思いますが、たまたま見たドキュメンタリー番組か何かで、本作のモチーフとなった復興支援金詐欺事件を知りました。そのときは強い憤りを覚えましたし、なぜマスコミはこの大規模な詐欺事件をもっと大きく報じないのかと疑問も覚えました。もしかしたら、こうした詐欺事件の存在が世に広く知れ渡ると、自分の寄付した金も悪い連中の手に渡っているんじゃないかと勘繰る人が出てきて、募金額などに影響が出たりするのではと邪推もしました。そういう意味でもこの事件が印象深く私の中に残っていたのだと思います。じゃあ今回はそれをアウトプットしてみようかと、端緒はそういう感じです。

 

ー東北とご縁はあるのですか。震災後に被災地に行かれたことはありますか。

 

染井 作家になる前、芸能マネージャーをしていた会社員時代に、仕事でタレントさんと共に日本全国を飛び回っていたこともあり、東北を訪れる機会は多くありました。
 事情は割愛しますが、私は震災の二日後に車で福島を訪れた経験があります。そのときに見た光景は今でもよく覚えています。木や電柱が倒れ、道路がひび割れていて、通行止めになっているところがいくつもありました。途中で寄ったコンビニに食料品が一つも残されていなかったことにもとても驚かされました。
 また、震災後に被災地が主催した復興イベントにもいくつか携わりました。その中でもっとも印象深く覚えているのが、震災から三年後に三陸鉄道が主催したチャリティイベントです。そのときに現地の方々に聞いた話や、無惨な被害痕が至るところで見受けられた光景が、この物語に生かされたのかなと思います。

 

ー震災という、大きなテーマを扱うことについて、迷いや戸惑いはありましたか。

 

染井 迷いや戸惑いは大いにありました。それは東日本大震災を題材にした小説を発表することに対しての罪悪感だったと思います。その思いは執筆を始めてからさらに膨れ上がり、途中で書けなくなってしまいました。そんな私が再び筆を持ち、覚悟を決められたのは、ある資料本のおかげなのですが、一時は本当に担当編集者に謝罪してボツにしてもらおうとまで考えていました。

 

ー多くの資料本を読み込まれたのでしょうか。

 

染井 資料はたくさん読みました。その中でも読売新聞社が著者となる『記者は何を見たのか』という本がとても印象に残りました。記者のみなさんが東日本大震災をより多くの人に、そして後世に伝えるために、心血を注いで紡ぎあげたルポルタージュです。取材をされる方はもちろん、する方も辛い、それでも書かなくてはならない。そうした記者の矜持と覚悟に胸を打たれました。途中で消沈してしまった私が再び奮起できたのはこの本のおかげです。私は小説家として、この物語を書かなくてはならなかったんだと思います。

 

ー復興をどのように受け止められていますか。

 

染井 人間は互助関係で成り立っていると私は考えています。困ったときはお互い様なんです。そういう意味では東日本大震災で傷ついた方々に手を差し伸べるのは、私のような無傷な人間の使命だと思います。自己満足だとか偽善だとかそういうつまらない理屈を超えて、個人ができる範囲で復興に貢献すべきだと思うのです。前述した私が携わった復興イベントですが、一応ビジネスの形ではあったものの、利益が出ないことは最初からわかっていました。それでも私なりに被災地に貢献したいという思いがあり、当時勤めていた会社の代表に相談したところ、二つ返事で了承してもらえたので開催が叶いました。ささやかなものかもしれませんが、そういう人の思いやりの気持ちが繋がっていき、復興が形を成すのだと思います。

 

ーそんな復興を利用し、人々の希望を踏みにじる悪魔のような男が作品に登場します。

 

染井 そうですね。どんなお金も盗んではいけませんが、彼は絶対に手をつけてはならない復興支援金に手をつけたわけですから、そういう意味では悪魔の所業と言えると思います。個人的に彼のもっとも恐ろしいと感じるところは加害者なのに、被害者のつもりでいるところです。心からそう思っているのですから、どうにも救いようがありません。ただ、残念なことに世の中にはこういう人が結構いたりします。悪いことをしたのは自分であるはずなのに、なぜか「可哀想な私」になってしまう人たちです。この手のタイプの人には近づかないのが一番ですが、あちらから擦り寄って来られてしまうと、本作のように知らぬ間に悲劇に巻き込まれてしまいます。

 

 

ー物語は、震災から十年後の印象的なエピソードから始まりますが、この十年という節目は意識されましたか。

 

染井 特別に意識したつもりはありませんが、あの大地震からもう十年も経つのかという感慨は私だけでなく、多くの国民のみなさんが抱いたところではないでしょうか。被災者はより一層そのように感じているだろうと考え、彼らにとって東日本大震災は過去のものではないというのをわかりやすく読者に伝えるために十年後を描きました。

 

ー大きなテーマと向き合い、執筆は順調に進みましたか。

 

染井 本当に、不順不調でした。作家になって一番苦しんだ作品が本作です。

 

ーこのタイトルをつけた思いを教えてください。

 

染井 タイトルは散々悩み、最終的に担当編集者が考えてくれた案の中に『海神』があり、それに決めました。『海神』の文字を見た瞬間、これ以上はないと確信したのです。この物語は海を神秘的に描いているので、ピタッとハマったと思います。

 

ー地元に暮らす人たち、ボランティアにやってきた人たち、復興を利用しようと企んだ人たち、あらゆる人間たちの十年間が描かれるわけですが、彼らの生き方と感情に寄り添い、どんなことを感じましたか。

 

染井 書いていて苦しかったというのが本音です。この題材を扱う以上、登場人物たちが持つ傷に触れないわけにはいきません。それを掘り下げるのは精神的にとてもきつい作業でした。ただ、絶対にわかった気になって書いてはいけないということは強く意識していました。

 

ー登場人物のひとりに、とても印象的な青年がいます。彼は、アレキシサイミアという、感情がうまく表現できない気質なのですが、このアレキシサイミアというのは初めて知りました。

 

染井 私には複合型の発達障がいがある十五歳の甥がいるのですが、彼の特徴についてインターネットで調べていたところ、たまたまアレキシサイミアという性格特性について知りました。ちなみに私の甥はこのアレキシサイミアではないのですが、彼が物語に出てくる青年のモデルとなっています。甥は心が純なぶん、そばに悪い人がいたら簡単に悪い方に染まってしまうかもーと、たまにそんな怖い想像をしたりします。本作では、そんな怖い想像の部分を描いてみました。

 

ーここではネタバレになるので語れませんが、彼の人生は、なかなか胸に迫るものがあります。

 

染井 世の中には不運が重なった結果、壮絶な人生を歩む人がいます。青年もその一人です。小説の中とはいえ、私も彼に深く同情しています。

 

ー『正体』でも感じましたが、『海神』も、人間たちのドラマが読ませます。特に女性の描き方がリアルで、登場人物の女性たちが生き生きとしています。

 

染井 読者が上げてくださる感想を見ていても、女性の描き方を褒めてもらうことが結構あります。もしかしたら、芸能マネージャー時代に多くの女性タレントをマネージメントしてきたからなのかもしれません。

 

ー『正体』は映像化も決まり、着々と撮影が進んでいますが、今作も映像化ができそうですね。

 

染井 どうでしょうか。様々な考え方の作家さんがいるでしょうが、個人的にはメディアミックスはあくまでおまけとして捉えていて、それを狙って小説を書いてしまったら作家として終わりかなと思います。もちろん映像になる以上、素敵な作品になってくれたら嬉しいです。

 

ー染井為人ファン、ミステリーファン、そして、東北に暮らす方たち、あらゆる読者に満足してもらえる作品になったと思います。読者のみなさんにメッセージをお願いします。

 

染井 『海神』は誰かに書かせていただいたような感覚があります。きっとその誰かは東日本大震災で亡くなられた方々であり、傷ついた方々であり、闘ってきた方々だと思います。多くの方々にこの惰弱な背中を押していただき、完成したのが『海神』です。読み終えたあとに作者の名を忘れられても構いません。この本が今一度、東日本大震災を思い起こすきっかけとなり、また、誰かの心の傷を癒すことができたらと願っています。

 

ーこれから、どんな作品を書いていきたいですか。今後の予定を教えてください。

 

染井 勝手な理想を述べさせてもらうと、いつかユーモア小説に挑戦してみたいなと思います。『海神』は大真面目な作品ですし、今回のインタビューでもかしこまって答えましたが、本来はおちゃらけた人間ですので、クスッと笑えて元気が出るような、そんな小説をいつか書いてみたいです。
 次作となると、おそらく他の小説誌で連載中の「鎮魂」という作品になるのかなと思います。こちらは半グレが題材の少々おっかない物語ですが、ご興味ある方はチェックしてみてください。

 

『海神』
染井為人/著

 

【あらすじ】
東日本大震災で被災した天ノ島で、NPO法人の代表が復興支援金を使い込む横領疑惑が発覚。十年後、被災地の海から黄金のインゴットが見つかり事件は再び動き始める。絶望と再生のミステリー。

 

染井為人(そめい・ためひと)
1983年千葉県生まれ。芸能プロダクションにてマネージャーや舞台のプロデューサーを務める。2017年『悪い夏』で横溝正史ミステリ大賞優秀賞を受賞しデビュー。

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