中学受験で人生が決まるわけじゃない
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BW_machida

2021/10/28

(左から)朝比奈あすかさん・おおたとしまささん

 

中学受験のカリスマ、おおたとしまささんと、私立中学の試験問題頻出作家、朝比奈あすかさん。ともに、今秋、中学受験をテーマとした本を刊行。ノンフィクションと小説、ジャンルは違えども、テーマは、今もっとも熱い「チュウジュ」。お互いの作品内容に切り込んだお話と、それぞれの「中学受験」への思い、問題点、親子のあり方など、熱く語り合っていただきました。

 

おおた 僕はよく「中学受験のメリット、デメリットを教えてください」と言われるのですが、『なぜ中学受験するのか?』はその質問に対する僕なりの答えです。何をメリット、デメリットと感じるかは人それぞれ違いますから、「あなたは中学受験にどんな価値を見出しますか?」と問いかけるつもりで書きました。読者が自身の教育観や幸福感、人生観を問い直すきっかけになればと思っています。

 

朝比奈 私も『なぜ中学受験するのか?』は、単純な中学受験の指南書というより、人がよく生きるためにはどうしたらいいかについて書かれた本だと思いました。

 

おおた 今まさに中学受験の渦中にある親が知りたいのは、どうすれば子どもの偏差値が上がるのか、かもしれません。だけど親がそれだけを考えてもうまくいくことは少ない。むしろ子どもが壊れてしまうこともあります。そんな時は「なぜ中学受験するのか?」に立ち戻って考えれば、全然違う景色が見えてくると思います。

 

朝比奈 私も子どもが中学受験の真っ只中にいた時はあまりに真剣になりすぎて、毎日すごく緊張しながら過ごしていました。この先どうなるのかと不安で、愚かしいこともたくさんしていたんです。それから8年が経ち、ようやく自分自身の言動やママ友との会話などを振り返ることができました。やっと中学受験を客観視できるようになったから『翼の翼』が書けたんです。

 

おおた 中学受験は、親自身が人生を考えるきっかけにもなりますね。そのきっかけを子どもがくれるんです。『翼の翼』を読めば、そのことにも気づくと思います。僕はこの小説を読んだことで、『なぜ中学受験するのか?』では、あえて心情的な部分を排除して、中学受験の仕組みやその背景にあるものを解説することに徹したんです。やはり心情的な部分は、小説のほうが伝わるということが『翼の翼』を読んでよくわかりました。

 

朝比奈あすかさん

 

中学受験で露呈するのは親の未熟さ

 

朝比奈 ありがとうございます。『翼の翼』の主人公、有泉円佳は地方出身で、もともと中学受験を知っているわけではありませんでした。ただ一度足を踏み入れると抜け出すことは難しい。塾で授業を受けて模試を受けて、塾によってはクラス分けを頻繁に行って、というシステムにからめとられてしまって、やめるということが子どもの人生の大きな損失になるような錯覚に陥ってしまうんです。

 

―それでいつの間にか深みにハマってしまう。

 

朝比奈 私の周りを見ていても多くの人がそうでした。達観できる人は少ない。円佳や夫の真治は愚かなこともたくさんするのですが、一歩間違えれば誰でもそうなりますよ、と。

 

おおた 間違いなくそうです。中学受験の専門家でも自分が親として中学受験を迎えた時に、これまで何も見えていなかったと気づくと言います。ある塾の先生は、難関の私立中高一貫校に通っていたお子さんが、退学処分を受けるなど荒れた時期があったと語り、親が距離を置いて見守ることの大切さを説いていました。中学受験カウンセラーの方の失敗談を聞いたこともあります。中学受験の知識の有無は関係ありません。

 

朝比奈 私も子どもの受験は手探りで、たくさんの受験関連の本を読み、講演会やセミナー、さらにはカリスマブロガーの飲み会にまで参加しました。その時は感銘を受けていい母になろうと心に決めるのですが、目の前の子どもが出す偏差値ひとつですべてがらがらと崩れてしまって。だから円佳には、私自身の誤った姿もたくさん投影されています。

 

おおた 中学受験というのは、残酷なほど親の未熟な部分をついてくるんです。だから親はその未熟さを受け入れられるかどうか。自分の未熟さなのに、子どもや塾のせいにしていると、親子関係はどんどんこじれます。さんざん子どもを振り回した結果、子どもを傷つけてしまうんです。

 

朝比奈 そうですね。親は子どもに対して安易に言葉を投げてしまうんです。パワハラ上司みたいなもので、言ったほうは自分が何を言ったかに無自覚ですが、言われたほうはよく覚えています。私自身、そのことに向き合えたのは、受験が終わってしばらくしてからでした。

 

おおた 親は、この子の人生は私の育て方にすべてかかっている、と思ってしまうんです。ひとつも選択ミスをしてはいけないと。でも大丈夫なんです。親が1人で育てているわけではなく、学校でも育ちますし、ほかにもいろんな場があります。親の責任ってそこまで大きくないですよ、と伝えたい。

 

朝比奈 親の責任感やそれに伴う恐怖が大きい時代かもしれないですね。もっと任せていい。塾に任せることもひとつのやり方かもしれないです。

 

―『翼の翼』には円佳や真治が翼に「自分で決めなさい」と言いつつ自分たちの願うほうに誘導する様子が描かれています。ドキッとする親も多いのではないでしょうか。

 

朝比奈 私自身がやったことだから書けたんだと思います。その時は親自身も誘導しているつもりなんてないんです。そこが一番恐ろしいところで、だから繰り返してしまう。私自身、本質が見えていませんでした。

 

おおた ほとんどの人がそういう危機的状況に陥ります。中学受験が終わった人に話を聞くと、それぞれにドラマがある。『なぜ中学受験するのか?』にも書いたのですが、中学受験のための数年間は、大冒険の物語だととらえることができます。主人公は、途中で落とし穴に落ちたり、怪物が現れて周り道を余儀なくされたりしながら成長していくんです。中学受験を描いた漫画『二月の勝者』もドラマ化されていますが、今の時代、本物のジャングルよりもコンクリートジャングルを舞台にした大冒険のほうが身近だから共感を呼びます。

 

おおたとしまささん

 

偏差値が株価に見える!?

 

おおた “面倒見がいい学校”というのが、内面的なことではなく中学時代から大学受験指導をしっかりするという意味で使われることもあります。進学校として名をあげたい学校だと、入学してからも子どもたちをけしかけてしまうんです。

 

―“お買い得な学校”という言葉もあります。

 

おおた 偏差値が同じくらいの学校よりも大学の進学実績がいい学校のことをメディアがそう呼ぶようです。入り口が低くて出口は高い。中高一貫校に行くといい大学に入れると期待する親にとっては、そういうところが気になります。特に父親に多いのですが、仕事に最適化してしまっていると、あらゆることをビジネス的な合理性で見る目になってしまいます。いわゆるコスパですよね。中学受験でも偏差値が株価のように見えてきて。これがダメならこれだとか、お買い得なのはどこかとか。

 

朝比奈 この学校は、東大に何人合格しているのかとか。

 

おおた ビジネスは数値化して判断しますが、そういう視点で中学受験を見てしまう。

 

朝比奈 説明会でも「うちの学校は、全体で何位の子がどこそこの大学に行く」というような話をする学校もありました。

 

おおた 先生方も本当はそんなことに価値はないとわかってはいるんです。でもそれが親のニーズなら応えようというマーケティング的な感覚があるんだと思います。

 

朝比奈 偏差値にとらわれずにもっといろんな学校を見てみましょうという風潮がもっと強くなればいいですね。

 

おおた 取材していると、地方出身のお父さんが行きすぎてしまう例もよく見ます。地方は伝統のある公立高校をトップとする序列がはっきりしているので、ご本人が中学受験をしておらず、私立の学校文化とは無縁だったからこそ、偏差値が序列そのものに見えてしまうことがあるんです。だから偏差値がひとつ下がっただけでも許せない。地方の高校受験の感覚を子どもの中学受験に当てはめると、すごくシビアなものになってしまいます。
 そういう人の多くは地方のトップ校、有名大学、大企業と競争社会のなかで勝ち組として生き残ってきていて、ビジネス的な観点で戦略的に中学受験に取り組むと、子どもを壊してしまうことがあるんです。自分自身も中学受験をして、第二志望、第三志望の学校に行きました、という人は、第一志望に不合格でも人生って何とかなると肌で知っています。偏差値と関係なく、それぞれの学校にカラーがあるとわかっているから、大らかな気持ちでいられるんです。

 

朝比奈 父親が偏差値にすごくとらわれてしまう例は私もよく耳にするのですが、それが自身のコンプレックスからくるのか、成功体験からくるのか、いろいろなパターンがあるでしょうね。

 

おおた 自分が勝ち組できた人は、その勝ち方しか知らないので、有名大学を出ないでどうやって生きていくのかわからない人が多いんです。

 

朝比奈 自分の子どもがそれ以外の生き方をするのが怖くなってしまう。進学実績は学校の要素のひとつに過ぎないのに、そこに注目してしまう。偏差値にしても1ポイントでも上の学校がいい学校だと思ってしまうんです。中学受験界では偏差値の高い男子校の開成、麻布、武蔵の三校を“御三家”と呼んで特別扱いしていますし、同様に桜蔭、女子学院、雙葉を“女子御三家”と呼ぶこともあります。親たちに偏差値の高い学校に行くのがいいことと刷り込んで、校風や子どもの個性を観察して学校を選ぶ力を損なわせていると感じます。親の姿勢がどれだけ子どもにダメージを与えるか……。中学受験を経験することで、自己肯定感が低くなったり、常に人と比べてしまったりするようになってしまうこともあります。

 

おおた 自分は勝ち組だと思っている人も意外と自己肯定感が低かったりします。

 

朝比奈 すぐに学歴でマウントを取りたがるのも悲しいかもしれません。だから子どもとどう接するかはとても大切で、それが将来につながり、さらにいい社会、いい未来につながるのだと思いました。ただ最近は、志望校を偏差値で決めるのではなく、多様な観点から選ぼうとする人が増えているようにも感じます。塾の先生もそういう考えの人が増えています。

 

おおた 塾にもよるでしょうね。経営側から合格実績を求められることもあるようです。教室の合格実績が給料に反映するところもあります。

 

朝比奈 それで難関校を無理やり勧めたりすることがあるんですね。

 

おおた 塾の先生も多くの人はサラリーマンですから、組織の理屈にのまれてしまう。

 

朝比奈 その弊害が子どものところにいくのは絶対によくないですね。

 

時には“教育虐待”にいたることも

 

おおた 子どもの中学受験が終わったという方から、自分は教育虐待をしていたのではないか、というメールを受け取ったことがあります。自分はすごく子どもを傷つけていたと思うと。だから大学に入って、教育虐待について学びたいという相談でした。その方自身、非常に高学歴の受験エリートですが、子どもの中学受験で初めて挫折を経験したようです。僕が危ういと思ったのは、その方は、大学で勉強して自身の挫折を克服したという証拠がほしいのではないかということ。

 

朝比奈 常に勝たなくてはいけないという価値観をもっているんですね。

 

おおた 受験エリートに多いんです。ありのままの子どもを認めるとか、ありのままの自分を認めるということは、大学に行かなくてもできます。子どもは親が自らの過ちに気づいてくれるだけでいい。そこから新しい人生の幕が始まるんです。

 

朝比奈 『なぜ中学受験するのか?』に損得勘定という言葉が出てきました。親が「こっちにいたら得だから」「こういうことをしたら得だから」と結果への最短距離を求めてしまうために、幸せな回り道ができない子を量産していると感じます。でも回り道をしたり落とし穴に落ちたりすることが人生の味わいであったり、自分や周りの人を幸せにする力を育んでくれたりすると思うんです。子どもの頃から損得勘定を植え付けられてしまうと、大人になって自分の人生が幸せだと感じられないこともあります。

 

おおた なぜ損得勘定にとらわれてしまうかというと、現代の人々が何事もビジネス的な観点で評価するようになったからです。何を買うにしても何を選ぶにしてもコスパなど目に見える数字で判断してしまうんです。
 その延長線上で中学受験を見てしまうことが根本的な問題だと思います。だけど子どもを育てるには、思い通りにいかないことも思いがけないよろこびもたくさんあります。ビジネス的な論理と合うわけがないんです。

 

朝比奈 子どもたちをどう育てるかは未来につながっているのに。

 

おおた そういう時にこそ『なぜ中学受験するのか?』や『翼の翼』を読んでほしい。僕は子どもが落ち込んでいたら、「ケーキを買ってきたからいっしょに食べよう」と言えばいいと書きました。新しい参考書を買ってきても助けることになっていないんです。これは中学受験だけではなく人生のあらゆることに当てはまります。つまり目的が何なのかということをしっかり考えることが大切です。たとえば中学受験なら、目的は子どもの偏差値を上げることなのか、それとも子どもが幸せな人生を送ることなのか。後者なら、偏差値が下がったくらいなんだと。なかなかその場では思えないかもしれないですが、そういう視点をもつことが必要です。

 

どんな結果でも「この子はこの子」

 

おおた 『翼の翼』にも受験にのめり込む父親の姿が描かれていました。さすがだと思いました。こうくるか、と。

 

朝比奈 実際、お父さんが熱心にのめり込んでいるケースも多いんです。

 

おおた 円佳と真治もそうですが、夫婦は2人でバランスをとります。父親がこういう役割をすれば母親はこういう役割というように。これは夫婦だけではなく、子どもも含めた家族は常にそれぞれが何らかの役割をもっています。『翼の翼』では、母親である円佳の役割と父親である真治の役割が少しずつずれていく様子が描かれていて、お父さん的失敗とお母さん的失敗の両方が見事に表現されていました。そこも面白かったですね。
 僕は中学受験で試されているのは、子どもではなく親だということに気づいてほしいと思っています。『翼の翼』には円佳が翼の行為に激怒するシーンもありましたが、表面的に悪いことをしているから「あなたは悪い子」ではなくて、そこから子どもが何を経験して何を学びとる可能性があるのか。それをサポートする親であってほしい。

 

朝比奈 そう思います。

 

おおた 中学受験では「ほろ苦さすら宝物」です。第一志望に合格したとしてもほろ苦さが残るのが面白いところ。いずれにせよ、あれでよかったと思える日が絶対に来ます。

 

朝比奈 私もようやくそう感じるようになっています。子どもが大学受験に向けて一歩踏み出そうとしている姿を見ていると、中学受験から学んでくれた部分もあったのかなと。

 

おおた そうです。親の失敗からも子どもは学びます。親は、子どもがこれだけ頑張っているんだから報われてほしい、という気持ちと、これだけ頑張れるようになったんだから結果はどうでもいいや、というアンビバレントな気持ちをもつものです。

 

朝比奈 どこに入ってもいいし、どういう結果になってもこの子はこの子なんだと思えれば、それがゴールですね。

 

おおた そこにいたれば大成功です。親が謙虚に学べば、いつかこの瞬間がくるんです。『翼の翼』の冒頭で、同じ小学校に通うお子さんたちの受験結果を噂しているお母さんたちが登場しました。最後のほうで、円佳はその時のことを振り返ります。あのシーンもすごくよかった。そう、この感覚を得てほしいんだ、と思いました。

 

朝比奈 そう読んでいただいてうれしいです。あのシーンは、私自身の実感がこもっています。そう考えると、うちもハッピーエンドだったのかもしれません。いい学びができるいい学校に入学しました。当時を思い出して私のことを感情的に責めたりするのではなく、自分も悪かったけど、ママも悪かったよね、と冷静に言えるのも、学校でいい先生、いい友人に恵まれたからです。

 

おおた 中学受験で人生が決まるわけではありません。『なぜ中学受験するのか?』と『翼の翼』をセットで読んでもらえば、まだ中学受験を体験する前の人や渦中にいる人にもあの感覚をわかってもらえるような気がします。2冊をセット売りしたいですね。

 

朝比奈 ぜひお願いします。

 

司会・構成/今泉愛子

 

『なぜ中学受験するのか?』
おおたとしまさ/著

 

小学生が数年かけて取り組む中学受験は、親のあり方を問う受験でもある。私立中高一貫校ではどんな学びがあるのか、中学受験が親と子にとってどんな経験になるのかを解説し、中学受験の価値を考察。多様な視点から中学受験を通じた親と子の人生を問い直す。

 

おおたとしまさ
1973年東京都生まれ。教育ジャーナリスト。麻布中学・高校卒業。東京外国語大学英米語学科中退。上智大学英語学科卒業後、リクルートに入社。雑誌編集に携わったのち独立。育児・教育・夫婦についての新聞雑誌コメント掲載、メディア出演、講演多数。著書は『名門校とは何か?』『ルポ塾歴社会』『ルポ教育虐待』『正解がない時代の親たちへ』など多数。

 

『翼の翼』
朝比奈あすか/著

 

【あらすじ】
専業主婦、有泉円佳の息子、翼は、中学受験に挑戦する。中高一貫校を受験した経験のある夫真治と、それを導いた義父母。中学受験に縁のなかった円佳は、塾に、ライバルに、保護者たちに振り回され、世間の噂に、家族に、自分自身のプライドにからめとられていく。

 

朝比奈あすか
1976年東京都生まれ。慶應義塾大学文学部卒業。2006年「憂鬱なハスビーン」で群像新人文学賞を受賞しデビュー。ほかに『彼女のしあわせ』『不自由な絆』『人間タワー』『君たちは今が世界』など。子どもの生きづらさに寄り添う作品は、中学校の試験問題に出題されることが多く、国語の入試問題頻出作家と呼ばれる。

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