医療を通じて生きる姿を描く|柚月裕子さん新刊『ミカエルの鼓動』
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2021/11/20

撮影/中島正之

 

『検事の本懐』『孤狼の血』『盤上の向日葵』など次々とヒット作を世に送り出す柚月裕子さん。新作は心臓外科医の葛藤を通して命の意味を問う、初の医療長編小説です。

 

「命を巡る考えに答えはない。小説を通して“生きる姿”を辿りたいと強く思ったんです」

 

『ミカエルの鼓動』
文藝春秋

 

検察、警察、将棋界とさまざまな世界を舞台にした極上のエンタメミステリーを描く柚月裕子さん。新作『ミカエルの鼓動』は柚月さん初の医療サスペンスです。北中大病院の心臓外科医・西條泰己は手術支援ロボット「ミカエル」を使って、国内初の心臓病手術に成功。病院長の曾我部らとともに「ミカエル」による手術を広めようとしていました。ところが、曾我部が開胸手術の天才心臓外科医・真木一義をドイツから招聘し……。

 

「心臓外科について書きたかったわけではないんです。生きるとはどういうことか、何をもって生きるというのか、どう生きていきたいのか。体が丈夫でもメンタルが整っていない状態もあれば、誰のための延命治療なのかよくわからない場合もある。“絶対にこの患者を助けたい”という医師の強い思いがあっても助けられない命もある。足を失ったときに義足をつけるのが本当に本人の望む生きる姿なのか。命を巡る考えに答えはありません。そうしたことを考えたのがきっかけで、小説を通して生きる姿を辿りたいと思いました」

 

命を預かる医師を描くなら、命と直結する心臓外科医をメインに据えて、命を舞台にした小説を書きたい─。柚月さんは語ります。

 

「そもそも私には専門知識がありません。これは検察を舞台にしようが警察を舞台にしようが同じで、私は何かを特別によく知っているわけではないんです。ハードルが高いのは毎回のことで、アイデアを話すと編集者に苦い顔をされることもあります(笑)。初の医療モノで確かに今回のハードルはとても高かったのですが、このテーマで書きたいという欲求が強く、高い壁を前に怯むよりも頑張ろうと強く思いました」

 

柚月さんは心臓の構造や疾患について患者向けに書かれた本から読み始め、徐々に医療機器やオペのテクニックなど医学専門書へと移行していきました。

 

「実際に命を預かっているドクターたちにも取材させていただきましたし、医療機器メーカーの方にもお話を伺いました。手術支援ロボットの操作もさせてもらいました。ドイツでは7カ月の赤ちゃんのオペに立ち会わせてもらい、心臓の輝きを直接見させてもらう機会も得ました。開胸されたときに見えた心臓は白く光り輝いていて、ものすごく神々しく感動しました。命を預かる重さを実感できる、そういった貴重な経験があったからこそ書けた小説です。ドロドロした大学病院の政治の話がもっと出てくるかと想像していましたが、そうはなりませんでした(笑)」

 

誰か一人の悪者がいるわけではないのもこの作品の魅力です。

 

「萎れかかっている花を元気にしたいとき、水をあげるのか土を入れ替えるのか肥料をやるのか。どれも必要だけれど3つ全部できないとき、何を優先するのか。命を巡る問題には似たような点があります。命を救いたいとの思いは共通していても理解や考え方はさまざまで誰もが葛藤を抱えます。そこを書いたつもりです。手に取っていただき、何かしら胸に残る小説になっていたら嬉しいです」

 

西條、真木、曾我部と立場の異なる者たちの正義のせめぎ合いに心揺さぶられつつ一気呵成に読了。妙味のある長編小説です。

 

PROFILE
ゆづき・ゆうこ●’68年、岩手県生まれ。’08年『臨床真理』で第7回「このミステリーがすごい!」大賞を受賞しデビュー。’13年『検事の本懐』で第15回大藪春彦賞、’16年『孤狼の血』で第69回日本推理作家協会賞(長編及び連作短編集部門)を受賞。

 

聞き手/品川裕香
しながわゆか●フリー編集者・教育ジャーナリスト。’03年より本欄担当。著書は「若い人に贈る読書のすすめ2014」(読書推進運動協議会)の一冊に選ばれた『「働く」ために必要なこと』(筑摩書房)ほか多数。

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