割り勘が細かい人に使えるインテリ悪口「まるでギムワリをやっているようだ」
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BW_machida

2021/12/19

 

2021年12月22日発売の書籍『教養(インテリ)悪口本』(堀元見著・光文社刊)より、今日から使えるインテリ悪口を抜粋してお届けします。イラッときたときやモヤモヤしたときに使って、ディスりたい気持ちを教養に変えてみてはいかがでしょうか。

 

「彼氏とご飯食べたら、10円単位までキッチリ割り勘だった」

 

あまりにも使い古された、イラッとするエピソードだと思う。
しかし、残念ながら現状、これを揶揄するクリティカルな一言が存在していない。「セコい」とか「細かい」とか「小銭収集男」とか「カネゴン」とか、そういう安直な悪口しかない。

 

僕も長年、見つけられないでいた。「ケチ」をインテリ悪口に言い換えることならいくらでもできそうだが、「割り勘が細かい」という超限定されたシチュエーションにピッタリくるものは思いつかなかった。しかたないので、長年「シェイクスピアと同じ物を食べそう」などで代用していた(※シェイクスピアはケチだったので、腐ったニシンを食べて死んだとされている)。これでは、「ケチ」を言い換えることしかできていない。

 

そんな折、文化人類学の古典的名著である『贈与論』を読んでいたら、思いがけず「これだ!」というものに出会った。インテリ悪口との出会いは、何気ない日常の中にあるのだ。それこそが、「まるでギムワリをやっているようだ」である。

 

トロブリアンド諸島の住民は、「クラ(kula)」という伝統的な儀式を行なう。「クラ」はどうやら「環」という意味があるらしい。ざっくり言うと、「首飾りを島から島へ渡し続けて、グルグル回していく」みたいな儀式だ。

 

現代日本にいる我々からすると「なんでそんなことするんだ」という感じなのだけれど、人間がよそ者と関係を築くためには、こういう一見無意味な儀式をこなすことが必要なのだろう。現代日本でも、田舎に行くと「毎月の寄合」という概念がある。僕は以前、山奥の限界集落に移住したことがあるのだが、寄合への出席を頻繁に求められた。

 

寄合で話すことは僕とは無関係な内容が多く、正直「出席する必要あるこれ?」と思ったものだが、どうも「よそ者は出席して認められることに意味がある」ようだった。トロブリアンド諸島と同じだ。一見無意味な儀礼をこなすことに意味がある。

 

また、印象的だったのは、寄合の中で「お茶が入ったヤカンがグルグル回っていた」ことだ。各人が自分の湯吞みにお茶を注いで、次の人に回していた。今になって思えばあれは「クラ(環)」だったのかもしれない。僕も知らずしらずの内にトロブリアンド諸島的な行事に参加していたのだ。

 

……ということで、他者との関係を築くための儀礼的な行事としてクラは存在するようなのだが、当然ながら、儀礼ではないマジの交易も存在する。そっちは我々もイメージしやすい。多分こんな感じのやり取りだ。

 

A島の住民「うちの島で作った黒曜石のナイフをあげるから、何かくれ」
B島の住民「お、じゃあこの木彫りの人形をあげるよ」
A島の住民「え~、それじゃ価値が釣り合わないよ。もっと良いものをくれよ」
B島の住民「そうか。じゃあ、これならどう? クジラの骨で作ったスプーン」
A島の住民「いいね!! それで行こう! 交換成立ね!」

 

このように、バシバシ交渉しながら「物々交換」が行なわれる。この物々交換のことを「ギムワリ」と呼ぶ。ギムワリは、儀礼的なクラとは大違いだ。何しろ目的は実利なので、皆どんどん交渉するし、値切りまくる。

 

さて、このギムワリのノリを、うっかりクラの時に持ち込んでしまうと大変なことになる。たとえば、クラの中で、主目的の首飾り以外にも、おまけのような贈り物を贈る場合があるのだが、これに対して「え〜、もっと良いものくれよ」みたいなことを言ってはならない。クラは高尚な儀式なので、そんな意地汚い態度は似つかわしくないのだ。

 

うっかりこんな態度を取ってしまった人は、意地汚い人認定されてしまい、「まるでギムワリをやっているようだ」と言われてしまうらしい。

 

クラに必要な鷹揚な態度で振舞わない者は「まるでギムワリをやっているようだ」と非難される。
(『贈与論』Kindle 位置No.850)

 

これ、まさに10円単位で割り勘を要求された時にピッタリのインテリ悪口だと思わないだろうか。「本来は鷹揚な態度で振る舞うべき場面で、セコい行動を取ってしまう人」に対して使われる言葉なので、完璧にハマっている。日々インテリ悪口を収集して暮らしている僕も、ここまでピッタリハマるものを見つけられることは少ない。

 

『贈与論』を読んでいて、稲妻が走ったようだった。シチュエーションに完璧に合致しているパーフェクト・インテリ悪口なので、皆さんもぜひガンガン使ってほしい。村上春樹は「完璧な文章などといったものは存在しない。完璧な絶望が存在しないようにね」と書いたが、完璧なインテリ悪口は存在するのである。

 

<使用例>
「えっと、会計が7160円だったから…… 3580円ちょうだい」
細かいね。まるでギムワリをやっているようだね

 

参考文献/マルセル・モース『贈与論』(亜田禎吾・江川純一訳・ちくま学芸文庫)/村上春樹『風の歌を聴け』(講談社文庫)

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