人の心を打つアートには「風土の匂い」が染みついている|新見隆『時を超える美術』
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ryomiyagi

2023/01/04

 

「グローカル・アートの旅」と副題にあるが、この本のテーマそのものは旅ではない。ということを最初に断ったのは、作者自らそのように記しているからだ。本書は、それぞれの町や都市(ローカル)が生んだアートをその風土に絡めて語ったエッセイ。土地の匂いが染みついた美術作品や芸術家たちの姿が軽快な筆致で語られていく。とはいえ人と場所、人と風景との関係をなぞりながら、作品の魅力を引き出していくあたり、やはりこれは旅の本といえなくもない。

 

ガウディ、北大路魯山人、亀山全吉、瀧口修造など取り上げられるのは主に20世紀の作家芸術家たちだ。著者はいずれの美術家、建築家についてもその生涯、作品、風土に至るまで熟知している。だからこそグラスゴーの石畳の露店で食べた最高美味のフィッシュアンドチップスとか、コーネルが旅したメガ都市、映画の舞台になった古里の町の風景が美術作品とつながっていく様は読んでいて実に楽しい。

 

イサム・ノグチというと、世界ブランドになった照明のデザインや陶器による花入などの印象が強いせいか空間デザイナーとして捉えられがちだ。しかし、その真骨頂は晩年に香川で製作された石による彫刻だと著者は語る。

 

「ノグチの彫刻には西洋の造形神の一人、ディオニソスが闇の舞踊を繰り広げているような醍醐味がある。凄みといってもいい。周知のようにもう一人の造形神は、バランスと均衡を司る太陽神アポロであって、こういう明晰な美意識から西洋建築の均衡美やら黄金律などが生まれたわけだ。」

 

ノグチは、インドで海岸の砂や波の波紋を使ったパブリック・アートを構想し、最晩年には空気の彫刻に取り組んだ。その彫刻の本質を詩人で彫刻家の飯田善国は「生命の揺らぎ」と表現する。「マル」といわれる石壁サークルの彫刻を、著者は次のように語る。

 

「これらの石はもうただの石ではないように見える。風は実はその石の内部にまで吹き込み、石の彫刻は、何か人の魂が宇宙の果てにやがて運ばれる通過点、見えないトンネルのように私には思えてしかたない。」

 

アトリエのある牟礼町は石の町だ。イタリアのカラーラでも仕事をしたことがあるノグチだが、晩年に彼が本格的な石彫を始めたのは高松牟礼だった。「名人のグローバルなモダンアートにこそ、その風土の匂いがユニークに実は染みついている」という言葉の通り、風土と美術作品は深いところで結びついているのだと本書に教わった。だから名作と呼ばれるアートは、永久永劫、見る者の心を捉えて離さないのだろう。

 

『時を超える美術』
新見隆/著

馬場紀衣(ばばいおり)

馬場紀衣(ばばいおり)

文筆家。ライター。東京都出身。4歳からバレエを習い始め、12歳で単身留学。国内外の大学で哲学、心理学、宗教学といった学問を横断し、帰国。現在は、本やアートを題材にしたコラムやレビューを執筆している。舞踊、演劇、すべての身体表現を愛するライターでもある。
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