少子化なのに入所者を増やした自動車教習所の「働き方改革」
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写真:AFLO

 

1989年、武蔵境自動車教習所は3代目代表取締役社長(現会長)のひと声で大改革が行われた。

 

生徒に(免許取得を)教えるという教育企業から、「お客様の一生の思い出を創る会社」に転身する、と打って出たのである。これは、それまでの教官と生徒という関係を、インストラクターとお客様に置き換えることだった。

 

インストラクターは、教官と違って上から目線で指導するのではなく、顧客目線でエスコートしていくものである。マニュアルに書かれた教え方には掲載されていない、心のキャッチボールを必要とする。

 

この改革を完遂させるには、越えるべきハードルがあった。当時の自動車教習所業界は、契約社員を多用し、業務を効率化することで利益を確保する経営スタイルが常道であった。

 

契約社員は正規雇用の社員との賃金差がある。インストラクターに求められる業務に対する責任感やサービス精神の向上を図るには、障害となる壁だった。

 

やるべきことは、社員全員が頑張れる土台づくりである。

 

そこで3代目社長の高橋勇氏(当時42歳)は、正社員化で増額する賃金という固定費の上昇分を引き受け、契約社員の正社員化を実施。

 

社員平等の土俵を用意したうえで、積極的に仕事に取り組める環境を構築した。社員から業務改善の提案を受けつける制度を確立したのであった。

 

これは『イノベーションカード』制度と呼ばれるシステムで、社員は単に経営陣にアイデアを提出すればおしまいというものではなかった。そのまま社員自らが取り組む動機づけシートを兼ねており、「言ったことは自分で実現してみなさい」というスタンスで臨んだ。

 

社員自発型で形になったアイデアはCS(カスタマー・サティスファクション=顧客満足度)面で存分に発揮され、教習の待ち時間を有意義に過ごすためのネイル・ケアや英会話教室、ほかにはマッサージ・サービス等。

 

実際にサービスを実施し、いい反応が返ってくれば、発案者はうれしいしモチベーションも上がる。

 

CSはすなわちES(エンプロイー・サティスファクション=従業員満足度)とする公式で、武蔵境自動車教習所は、昨今の普通免許取得者数減少傾向の中で、入所者数を伸ばした稀な教習所となり注目を集めた。

 

この事例の着目点は、頑張れる潜在能力がもともとあるのにその力を発揮できなかった環境を、現実を凝視し改善策を講じたことで、顧客、従業員、経営の3つの満足度を同時に底上げしたことである。

 

高橋勇会長の信念は「社員と社員の家族を守る」である。組織で働く従業員がこれを聞いて、どのように感じるかを想像してみた。

 

正規社員にしてもらった契約社員は、安定雇用と賃金面のアップを得て、頑張る気持ちをふくらませたに違いない。自分の個性を発揮してもいいという業務体制もまた、頑張りたい気持ちを増幅させる力を持っていることがわかる。

 

とかく日本の組織は指揮命令系統が整っていて、上からの指示には絶対服従、というイメージが払拭できないが、同じ縦社会でも、部分的に責任を社員に委ねる武蔵境自動車教習所式の組織もアリなのではないだろうか。

 

武蔵境自動車教習所は、労働と生産と消費のサイクルを好転させ続けている先例(ロールモデル)である。

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