外出したら岩を舐める? 驚くべきソムリエの世界#1
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「朝露に濡れた庭の匂い」、「昼間のような明るさ」など独特の語彙を駆使し、神業とも言える味覚・嗅覚を発揮し、レストランでは巧みな会話と優雅な振る舞いでお客を満足させるソムリエたち――当初ワインにはまったく素人だったジャーナリストが、ソムリエの世界に飛び込んでその驚くべきオタクぶりの実態に迫り、自らも資格取得を目指して修業した経験を綴ったノンフィクション『熱狂のソムリエを追え!』。
ニューヨーク・タイムズ・ベストセラーとなった本書から、いくつかのエピソードを抜粋、再構成してご紹介します。

 

 

食欲旺盛はいいことだとずっと思い込んでいた。そこにもってきて、いろいろ食べてみることが最優先事項だと聞いてワクワクした。「まずなによりも、脳に多くの情報をプログラムする」とカリフォルニア出身のマスター・ソムリエ、イアン・コーブルはアドバイスした。「大いに食べ、果物も食べる。すべての種類の柑橘類を味わうこと。皮も種も食べる。熟したオレンジ、未熟なオレンジ、熟しすぎたオレンジ、ネーブル、メイヤーレモン、未熟なグリーンレモン、ライム」ということは、いろいろ食べてみるといってもカキやキャビアではないのだ。代わりにグレープフルーツの皮を噛んだら味覚が向上するらしい。ならやってみよう。

 

そのあと別のプロが泥を食べることを提案した。

 

「外を歩くとき、岩を舐める」と明らかにマンハッタン在住ではないソムリエが言いだした。マンハッタンでこの手の散歩をしたら病気なるか犯罪者になるのに。「ぼくはしょっちゅう岩を舐めるよ」

 

「どんな岩を?」真似たいというより、失礼にならないよういちおう好奇心から訊いた。

 

「以前に舐めたことのない岩ならなんでも」と猛者曰く。「赤色粘板岩と青色粘板岩の違いがわかるのは実に楽しい。赤色粘板岩は鉄分が豊富で、血のしたたる肉のようなフレーヴァーがある。青色粘板岩は吸水性があって、川石の味がするんだな、これが」

 

彼らは一か八かのコンクールに応募し(九か月前後の準備期間を経て)、数百万ドルという液体のかたちをした黄金を扱い、美術や音楽と同じくワインのフレーヴァ―が審美の世界に属するということを世間に確信させるために献身している。雨が嗅覚を鈍らせるという理由で彼らは気象学を学び、味蕾を磨くために岩を舐める。歯磨き粉もマイナスだ。“新品のグラス”の匂いを嫌い、味覚の鍛錬という理由で結婚を犠牲にしたりする。あるマスター・ソムリエ(世界最高峰の資格。コート・オブ・マスター・ソムリエ/マスター・ソムリエ役員会議が認定する)は修業に没頭するあまり妻から離婚されたと告げた。「もし試験に合格するか妻をとるかともう一度迫られたら、もちろんいまでも試験をとる」。

 

のちにある男性出場者から聞いたのだが、彼はフロアを優雅に歩きまわる技を完璧にすべく、ダンスのレッスンを受けたそうだ。別の出場者は声をなめらかなバリトンに整えるためにスピーチのコーチにつき、さらに、ブドウ農園の名前を頭に叩き込むために記憶力強化の専門家についたという。プレッシャーの下、冷静さを保つためにスポーツ心理学のコンサルティングを受けた者も大勢いた。

 

熱狂のソムリエ原書
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熱狂のソムリエを追え!ワインにとりつかれた人々との冒険

ビアンカ・ボスカー/小西敦子訳

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