ハーブガーデンと春のブーケを味蕾に感じる…… 驚くべきソムリエの世界#2
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「朝露に濡れた庭の匂い」、「昼間のような明るさ」など独特の語彙を駆使し、神業とも言える味覚・嗅覚を発揮し、レストランでは巧みな会話と優雅な振る舞いでお客を満足させるソムリエたち――当初ワインにはまったく素人だったジャーナリストが、ソムリエの世界に飛び込んでその驚くべきオタクぶりの実態に迫り、自らも資格取得を目指して修業した経験を綴ったノンフィクション『熱狂のソムリエを追え!』。
ニューヨーク・タイムズ・ベストセラーとなった本書から、いくつかのエピソードを抜粋、再構成してご紹介します。

 

 

“師匠”であるモーガンのテイスティンググループのソムリエにとり、火曜日朝の十時に〈イレヴン・マディソン・パーク(EMP)〉に集まるのは、フィットネスマシンでのデートのような魅力をもっていた。それはいわば舌の筋トレで、彼らはこの毎週の活動をもう数年間続けている。

 

彼らのグループ、このEMPは、ニューヨークのブライド・テイスティンググループの聖杯、つまり伝説的存在で、市で最高レベルと噂された。グループに加わりたい者のウェイティングリストがあり、「とにかく熾烈なの」とさるソムリエールから脅かされた。

 

「オーケイ、ぼくは〈ええと〉を数えるぞ!」モーガンは言い渡した。演劇の経験のある彼は洗練された発言を重んじる。それに、マスター・ソムリエのブラインド・テイスティングでは二十五分で六本――白を三本、赤を三本――の評価をしなければならない。一つのグラスに四分程度しかかけられないので、「ええと」とか「あの」とか言っていると貴重な時間が喰われてしまう。

 

初めは白、ソムリエ仲間のダナが最初に挑戦した。

 

「彼は鼻だけでやり通せるんだ」モーガンは褒めた。ダナも否定しない。

 

私は自分のグラスを手に取り、鼻に近づけた。ダナはまだ色を調べている。そこで私も鼻をグラスから離して外観を調べた。赤か白かと言えば、これは白ワインだ。ここまではぜったい間違いない。間違いだった。

 

「グラスの縁の表面張力とゴールドとグリーンの光の斑点からするとペイルゴールド。それは星のようにきらきらしていて、ガスや澱ではない、そして粘性はモデレートプラス」低い抑揚のない早口でダナは言った。そうか、彼らは「白」という表現を求めているのではないのだ。

 

ダナはすでにさっさと先に行っている。「熟したピーチキャンディ。アプリコット。メイヤーレモン。砂糖漬けのグレープフルーツ。軽く砂糖漬けにしたアルコール飲料によく似たフルーツ。ミカン。砂糖漬けのミカンとオレンジピール。かすかにグランマニエ。スイカズラ。ええと」モーガンがチェックマークを書く。「リリー。乳脂肪分が三五から四〇パーセントの生クリーム。ヨーグルト。バター。バタースコッチ。かすかにタラゴンとバジル。そして、ええと」――チェック――「バニラを焼いた時のようなスパイスは、真新しい小型のオーク樽の香りをうかがわせる」
彼はまだ味わっていない。

 

私は疑わしい気持ちと畏怖を交互に味わっていた。砂糖漬けのミカン? グランマニエ? 本当に? 急いで一口すする。好きな味だということはわかった。リンゴのフレーヴァ―がふたたび……そう? ほとんどリステリンの味だ。

 

ダナは一口すすり、口の中でころがした。ハーブガーデンと春のブーケを味蕾に感じると言った。

 

やや間をおき、最終的結論に向かって一つ深呼吸する。「これは二〇一〇年……いや、二〇一一年のヴィオニエ。フランス。ローヌ渓谷、北ローヌ。コンドリュー」

 

モーガンはボトルを引き寄せ、ラベルを読みあげた。本当にヴィオニエで、フローラル、香り豊かなブドウ。フランスの北ローヌ。北ローヌはコンドリュー産。セントラルパークの半分に及ぶ約五〇〇エーカーの呼称。そして二〇一二年だった。

 

私はあんぐりと口を開けていた。拍手したかった。でも感動していなそうな他の三人の無表情に倣った。モーガンはダナが持ち時間を十秒超過していたと指摘した。ジョンはダナの酸性の評価に異議を唱えた。
「塩気が高酸性と思わせたんじゃないかな」

 

モーガンはそのワインを嗅いだ。「ホットドッグの匂いがする」

 

「フレッシュミントのオレンジチックタックだ」ジョンが訂正した。「それとも硬くなったチキン」

 

ダナはかぶりを振った。「硬くなったチキンはもっと……クレアヴァレー。オーストラリアのリースリングみたいな」

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熱狂のソムリエを追え!

熱狂のソムリエを追え!ワインにとりつかれた人々との冒険

ビアンカ・ボスカー/小西敦子訳

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