【売行好調御礼】調査で200か所蚊に刺される……土の研究者の過酷な日々【特別インタビュー】
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2018年8月に刊行された『土 地球最後のナゾ――100億人を養う土壌を求めて』。「土」という比較的泥臭いテーマに似合わぬ大反響で、毎日新聞・日本経済新聞・週刊ポスト・週刊文春…etc.多くのメディアで書評が掲載され、発売即重版! あっという間に4刷にもなりました。売れ行き好調を記念して著者である森林総合研究所主任研究員の藤井一至先生のインタビューを掲載します。地球を飛び回る研究の面白さ、土を巡る世界の問題、若手研究者の奮闘の日々……全二回でお届けします。

 

 

――「土」に関する専門的な記述だけでなく、若手の研究者の方がいかに工夫して研究を続けているか、という内容も目を惹きました。

 

海外での研究はお金がかかるので、切り詰められるところから切り詰めていきます。とくに食費です。たとえば、農業のできない永久凍土地帯のスーパーマーケットでは萎れた白菜が1800円もします。そこで、大量のカップラーメンをスーツケースに詰めて準備万端で出発するのですが、そのスーツケースが航空会社のミスで現地に届かないこともありました。一緒に送ったスコップだけが、なぜか無事に届きます(笑)。

 

――お腹がペコペコで研究は続けられるのでしょうか……。土の研究で海外調査ということは、フィールドに出られますよね?

 

実験室よりもお外で穴掘りをしていることが多いです。天敵は蚊です。もちろん蚊にさされないように、しっかりと蚊よけの防護服を着ます。それでも現地にはものすごく多くの蚊がいて、手袋の薄いところから刺してきます。全体で200か所とか(笑)。手はボコボコです。大量の蚊にさされた後、唇の裏のリンパ節までが腫れてきたこともあって……。その時は、単独での調査だったので、命の危機を感じました。ただ、苦労してサンプルを獲得できた時には、やり遂げた達成感もあって、帰りの車の中では泣いてました(笑)。

 

――充実感からの涙!

 

インドネシアで研究していた時には、研究協力者が突然、賃金アップを要求してきたこともありました。プロジェクトとしてしっかりした予算を組めれば良かったのですが、どうしても少し足らず……。「ここで渋ると研究を継続できない!」という状況に陥り、祖母からもらったお年玉をなくなく差し出しました。現地通貨ではなく、日本円で(笑)。よくよく経費を精査すると、彼からもらった購入明細には「スナック」と書いてあるものもありました(笑)。それでも、「必要経費だ」と。その後、「このお年玉が安かったと思えるくらい良い研究をしよう」と伝えました。彼からは「インドネシアのルピア相場はいくらでも変動するから、お札だってすぐ紙同然になるよ」と言われ(笑)。

 

――いまいち通じてなかった(笑)。

 

こういう苦労話は尽きないですが、良いこともあります。タイ北部の農村で長く調査をしているのですが、小学生くらいの子供たちがお菓子をおねだりしてきて手に負えないことがあります。ところが、彼らは10年後、穴掘りを手伝ってくれる屈強な研究協力者に成長していました。お菓子をもらった恩を忘れていないので、よく働いてくれます。

 

――どこに行かれることが一番多いのでしょうか?

 

インドネシアが一番多いです。今でも貧しい地域が多く、肥料も充分に買えず、土も風化していて栄養分が乏しい。土の問題がそのまま生活に直結するような状態なんですね。そこに住む人たちは、土に恵まれていないけれど、それでもそこで暮らしていく……。僕の調べたことが彼らの生活を改善できる可能性がちょっとあるので、すごくやりがいがありました。

 

もともと「裏山の土を調査して、土の成り立ちを調べる」基礎研究をしていましたが、「僕の仕事は人の役にも立つはずだ」と考えていました。インドネシアと日本は雨が多く、土が酸性になりやすいというところは共通しています。似たような土の問題を持つ場所であれば、共通の原理で土を改善できるはずだ、と思っていました。

 

――基礎研究については色々と議論がありますが、そんな裏山の基礎的な研究がめぐり巡って誰かの役に立つというか……

 

「すぐ役に立たない」基礎研究をやっている人間でも、最後には「誰かの役に立つ」ことを念頭においています。「役に立つ」のは多くの場合、研究が佳境におよぶ最後の最後だったりして、その最後のところだけいきなり求められても……というのはあります。また、「役に立つ」のかどうかは、私ではなく現地の人々の判断にゆだねられますので、押し付けにならないようにと考えています。それでも、土の使い方を知らずに困っている人々を助ける力が土壌学にはあると信じています。

 

――こうした研究のことを身近に感じられないのも、「すぐに役にたつ方がいい」と思ってしまう理由の一つかもしれません。特に都市に住んでいると、なかなか土を身近に感じることは殊の外ハードルが高い気がしてしまいます。

 

ベランダの植木鉢では、プチトマトを育てるのも大変です。一日水をやらなかったり、一日肥料をやらなかったりするだけで、すぐに萎れてしまう。ただ、そういう時に本当に外の土っていいなあと思います。自分で土いじりをして、野菜を育てたりするのは充実感があるので、そこを入口に興味を持ってくれることもあるかもしれません。

 

 

――土のことを身近に感じてもらう手段の一つですよね。

 

学会でも「土のことをもっと知ってもらおう、教えよう」という議論もありますが、それと同時に「そもそも、どうして土のことを教えないといけないのだろうか」という原点も問い続けています。簡単な質問ほど答えるのは難しいのですが、「何を食べていて、どんなところから届いていて、誰が作っていて、どういう苦労があったのか」を知らずに育った人が、やがて世の中を担うことになった時に、土や生産地を大事にしようと思うことがなくなってしまうかもしれない。もっと具体的なメリットとしては、北海道の乳牛がカナダのチェルノーゼム地帯で育った牧草を食べていると知っていれば、カナダの干ばつのニュースから乳製品の価格上昇を予測して買い物をするということも可能です。自分の食卓と生産地との繋がりを知っておくこと、食材がどういう土から届いているのかを知っておくことはいいことかな、と思います。

 

―― 縁の下の力持ち的な存在の土ですが、それゆえに実は私たちの日常に硬く紐づいていて、土をきっかけにもっと奥深く世界のことを知っていくことができますね。土から広がる世界への入り口として、この本を読んでくださる方が増えると嬉しいです! 研究者の方からは面白く読んでくださったという感想が届いていますが、研究者の後輩の方たちへのメッセージはありますか?

 

目先の業績――研究者の場合、論文を何本書いたかも大事かもしれませんが、最終的にどんな絵を描きたいのか、最終目標をもっているかどうかで得られる充実感は違うのではないかと思います。本のサブタイトルにもある「100億人を養う土探し」は地に足が付いていないかもしれませんが、自分を励ます目標を見つけてもらいたいと思います。
あと、この本の話も鵜呑みにせず、通説に挑戦する気持ちを持ってほしいです(笑)。

 

――ありがとうございました!

 

前回はコチラ

 

藤井一至(ふじいかずみち)
土の研究者。国立研究開発法人森林研究・整備機構森林総合研究所主任研究員。1981年富山県生まれ。京都大学農学研究科博士課程修了。博士(農学)。
京都大学研究員、日本学術振興会特別研究員を経て、現職。カナダ極北の永久凍土からインドネシアの熱帯雨林までスコップ片手に世界各地、日本の津々浦々を飛び回り、土の成り立ちと持続的な利用方法を研究している。第1回日本生態学会奨励賞(鈴木賞)第33回日本土壌肥料学会奨励賞、第15回日本農学進歩賞受賞。著書に『大地の五億年 せめぎあう土と生き物たち』(山と溪谷社)など。

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土 地球最後のナゾ 100億人を養う土壌を求めて

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