平安時代にはすでに誇張が始まっていた!?春画にまつわる素朴な疑問その4
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「春画」と言えば、着物を半分まといながらのアクロバティックなくんずほぐれつ、誇張された巨大な性器…といったものがまず思い浮かびます。春画に特有なこれらの描写、実はそれぞれに深い意味合いがあるのをご存じですか?
『[カラー版]春画四十八手』(知恵の森文庫)の著者で江戸文化にも詳しい車浮代さん(http://kurumaukiyo.com/)が、同書刊行を記念し、より深く鑑賞するために知っておきたい「春画にまつわる素朴な疑問」にお答えします。
奥深い春画の世界、“知ってから見る”とまた違う地平が広がります。

 

喜多川歌麿『会本妃多智男比』

 

Q4.春画の性器はなぜ巨大なのでしょうか?

 

春画における性器は、男女共、顔とほぼ同じサイズに描かれております。我々日本人は、あれがデフォルメであることを先刻承知しておりますが、わずか30年ほど前までは、本気にしている西洋人が少なくなく、日本人男性が欧米に行くと「日本人のウタマロはビッグサイズなんだろ?」と尋ねられることが、ままあったようでございます。

 

江戸の絵師たちが性器を大きく描いた理由は、江戸の絵師たちが性器を大きく描いた理由は、

1) 目出度いものだから、象徴として大きく描く

2) その方が面白いから

 

でございます。1)はその2に書かせていただきました通り、性器は子孫繁栄に繋がる男女和合のシンボルゆえ、大きく描くべきだと考えた、ということが推測されます。

 

次に2)についてでございますが、こちらはいかにも憶測で書いているように見えますが、きちんと証拠がございます。その1で、春画は中国から伝来した「偃息図」(えんそくず/おそくず)を、日本風にアレンジしたものだということを書かせていただきました。肉筆春画が描かれ始めた初期こそ、性器は中国に倣って通常サイズに描かれておりましたが、平安時代にはすでに、我が国特有の性器の誇張が始まっていたのでございます。

 

鎌倉時代の下位官僚であった橘成季(たちばなのなりすえ)によって編纂された、『古今著聞集(ここんちょもんじゅう)』という説話集の中に、平安時代後期の天台宗の高僧で、絵描きでもあった鳥羽僧正覚猷(とばそうじょうかくゆう)について書かれた、このようなエピソードがございます。

 

ある時、覚猷が弟子の絵に、「お前の描いた絵は、突いた刀ばかりか拳が背中を突き抜けているではないか。このようなことはあり得ない。それしきのこともわからないのに、絵を描くものではない」とたしなめたところ、弟子は少しも動じず、「そうは思いません。昔の優れた絵師たちが描いた『偃息図』の絵をご覧ください。その寸法は実際より大きく描くもので、ありのままの寸法で描いても見所がないものになるから『絵空事』と申します。先生の描かれる絵の中にも、同じようなことが多くあるのではないですか」と答えると、僧正は黙り込んでしまった、とあります。

 

昭和のテレビアニメ『一休さん』を彷彿とさせる、随分とこまっしゃくれた餓鬼……いえ、弟子ではございますが、そこはさておき。鳥羽僧正の頃から見て昔の絵師ということは、遅くとも平安時代中期には、性器の誇張が始まっていたことが読み取れるというわけでございます。

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