「結局、歴史は役に立つのか、立たないのか?」 歴史小説家の地味~な日常#6
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『賢帝と逆臣と』(講談社文庫)や『劉裕 豪剣の皇帝』(講談社)などの著書を持つ歴史小説家・小前亮先生による、“キャラ重視の人物事典”『世界史をつくった最強の300人』がついに文庫化! 世界の偉人たちのアクの強いエピソードを多数紹介した本作は、ひとりひとりが小説の主人公になりそうな程キャラが濃い!

 

これだけネタが豊富なら「小説を書くのに困らないのでは?」と思いきや……。

 

歴史を小説に昇華するのにはさまざまな苦労と過程が。歴史小説ができるまでの舞台裏を教えていただきました。

 

 

歴史はやっぱり役に立つのか、立たないのか?

 

最後に、教養としての歴史について考えてみましょう。

 

歴史を学ぶ、そして教養として身につけることに、どんな意味があるのでしょうか。

 

歴史は繰り返す。これは事実です。

 

農民反乱で建てられた国はすぐに滅びるし、革命は成功した瞬間から仲間割れがはじまるし、粛清するのは成りあがり者だし、名君でありつづけるのは至難の業です。

 

この前提からは相反するふたつの結論が導けます。

 

すなわち、繰り返すのだから、歴史を学んで未来に生かさなければならない。

 

いや、どうせ繰り返すのだから、学んだって仕方ない。

 

性格の悪い人は言うでしょう。

 

「歴史を学ぶのは、繰り返したときに、『やっぱり』って言うためだ」

 

しかし、それでは身も蓋もないので、少しまじめに主張してみましょう。歴史を学んでも役に立たない、などということになったら、私も困ります。

 

まず、単純な知識として、基本的な歴史、とくに日本史は押さえておくべきでしょう。たとえば、外国からの客人を案内して皇居に行ったとき、そこが江戸城であったことを説明したいものです。一万円札を出して、この人は誰、と聞かれたら、よどみなく答えたいものです。

 

しかし、教養と言ったとき、それは単なる知識にとどまりません。教養は思考のための土台であり、換言すれば、考える力です。いまでは少なくなってしまいましたが、大学によっては専門に進む前に教養課程をおいています。それは、専門分野を深く学ぶ前に、土台を固めるためです。

 

歴史は人類の営みの蓄積であり、人間の心理や行動のパターン

 

この点に立つと、歴史はまさに必須の教養といえます。歴史は人類の営みの蓄積であって、人間の心理や行動のパターン、社会のあり方やその変遷を鮮やかに示しています。

 

現代の経済や社会問題、あるいは個人の人生を考えるうえで、歴史という土台があるかないかは、大きなちがいになります。

 

たとえば、エジプトの民主化運動のニュースを見たとき、古代エジプトからはじまってローマ時代、イスラーム時代を経て、ナセルにいたる歴史の流れを知っていれば、受けとる印象がちがってくるでしょう。また、現代の欧米中心の世界が、ほんの二百年ほどしかつづいていないことを知れば、より相対的な見方ができるようになるでしょう。

 

心得ておくべきは、教養はあくまで土台なので、それをもとに思考を積みあげなければ意味がないということです。歴史も役立てようと思ったら、知っているだけではなくて、考えなければなりません。

 

と、書きながら、私はお酒の効能を主張しているような気持ちになっています。お酒の効能というのはたいてい言い訳であって、酒飲みは飲みたいから飲むものです。結局、歴史は楽しんでほしいのです。そのうえで、役に立ったら……それが何よりの喜びです。

 

【終わり】

 

※この記事は『世界史をつくった最強の300人』より一部を抜粋して作成しました。

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世界史をつくった最強の300人

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小前 亮 こまえ りょう

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