江戸っ子は着物を着ているほうがそそられた…春画にまつわる素朴な疑問その5
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「春画」と言えば、着物を半分まといながらのアクロバティックなくんずほぐれつ、誇張された巨大な性器…といったものがまず思い浮かびます。春画に特有なこれらの描写、実はそれぞれに深い意味合いがあるのをご存じですか?
『[カラー版]春画四十八手』(知恵の森文庫)の著者で江戸文化にも詳しい車浮代さん(http://kurumaukiyo.com/)が、同書刊行を記念し、より深く鑑賞するために知っておきたい「春画にまつわる素朴な疑問」にお答えします。
奥深い春画の世界、“知ってから見る”とまた違う地平が広がります。

 

歌川芳虎『開註年中行誌』

 

Q5. なぜ着物を着たまましているのでしょうか?

 

これにはいくつか理由があります。まず第一の理由は「登場人物の身分や年の頃、職業などを理解してもらうため」でございます。どういう二人が致しているのか。武家か町人か、若いか中年か、素人か玄人かなど、シチュエーションがわかることによって、鑑賞者の妄想を膨らませることができるからでございます。

 

これはわたくしの実体験でございますが、2002年11月から翌年3月まで、フィンランドの首都ヘルシンキで大規模な春画展が行われた際、現地のフィンランド人男性から「この女性が芸者だということが、どうしてわかるのですか?」と尋ねられました。「ヘアースタイルと赤い絹の下着(緋縮緬)、横に置いた三味線でわかります」と答え、このことに気づいた次第でございます。

 

第二の理由は「無理な体位を誤魔化すため」。顔と性器を同時に描きながら結合させ、なおかつバリエーションをつけるとなると、かなりの無理が生じます。今回の図版、歌川芳虎作『開註年中行誌(かいちゅうねんじゅうぎょうじ)』のように、ヌードを想像すると、身体がバラバラで繋がらないという絵に時々出くわします。このように、あり得ないポーズを、着物で隠して誤魔化しているのでございます。

 

第三の理由として「江戸っ子は女性のヌードに興味がないから」ということも挙げられます。湯屋(銭湯)の浴槽は混浴、夏場はスケスケの着物を来て、覗かれ放題の庭で行水をし、人目を気にせず赤子に乳をあげていた時代でございますから、江戸の男性は女性の局部には興味があっても、ヌード、特にバストには興味がないのでございます。

 

それが証拠に、現在のグラビアなどと違い、浮世絵に美人画はあっても、ヌードや半裸の女性の独り立ちの絵などはほとんど残っておりません。「秘すれば花」と申しますように、普段隠されているからこそ、そそるのであって、生活しているだけで、自然と目に入るものに、人は欲情はしないのでございます。

 

第四の理由は「呉服屋と組んで、新柄の反物をPRしているから」ということも考えられます。これは美人画でもよくあることで、呉服屋が浮世絵のスポンサーとなり、版元に広告費と新柄の反物を提供する場合がございました。反物は絵師に渡り、柄を写して絵に描き入れ、世に広がる、というわけでございます。

 

八代将軍・徳川吉宗が発布した『好色本禁止令』以降、秘密裏に販売されていた春画は、一般に販売されていた浮世絵より豪華で高価なものであったため、裕福な人々の目に触れることが多うございました。また、シチュエーションを大事にする春画は、小道具なども緻密に描きますので、呉服屋以外にも、瀬戸物屋や鰻屋などのスポンサーもついたようでございます。

この記事の書籍

[カラー版] 春画四十八手

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車 浮代(くるま うきよ)
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