私たちが生きる世界には「呪い」も「魔法」も転がっている 奇妙でふしぎな物語『吹上奇譚』

横田かおり 本の森セルバ岡山店

『吹上奇譚』幻冬舎
吉本ばなな/著

 

〈海と山に囲まれた孤島のようなこの吹上町は特別な場所で、奇妙な言い伝えがいっぱいありました。〉

 

最初の一文を読んだだけで、物語の中にとぷん、と沈みこんでしまった。これからどんな景色が見えるのだろう? どんな人々と出会えるだろう?

 

新たな世界の扉を開くよろこびと、ほんの少しの恐怖。けれど、分かっていることがある。この本は私にとって大切な本になる。人生を共にできるような、本棚にあるだけでお守りになるような。

 

主人公は双子の姉、ミミ。ミミと妹のこだちが生まれた吹上町は、昔むかし異世界への入り口になっていた場所で、魔法の力が今もうっすら漂う。

 

両親は交通事故に遭い、父は亡くなり、母は街の奇病「眠り病」にかかったまま何年も目を覚まさない。ミミとこだちは、目を覚まさない母と、時が止まってしまった故郷から逃げるように、東京で二人暮らしをしていた。

 

物語は妹のこだちが失踪し、ミミが吹上町に帰るところから急速に動き出す。

 

故郷の街で出会うさまざまな人々。強力な力と引き換えに老婆と少女の姿のまま、虹の家に住む双子の占い師。異世界の血を受け継ぎ、人間の言葉が話せなくて大きな体に毛むくじゃら、街を統治する大地主一族の勇。母を眠り病で亡くし、街に残るか海外へ行くか、人生の分岐点に立つ墓守くん。

 

やがて、失踪していたこだちが現れ、母が目を覚ます。こだちと勇、ミミと墓守くんの恋の予感。雪解けを経て、花が咲き誇る春になるように、時計の針が動きはじめた吹上町。

 

時間が流れだしたのは、なぜだろう? 人々との出会いによって、ミミのこころが変わっていったからではないだろうか。

 

ミミは決めたのだ。勇気をもって、過去の呪縛を乗り越えると。自分の人生を、ありのままの自分で生きると。ミミの勇気ある行動が、あたらしい未来への全てのはじまりだった。

 

これは、物語の中だけに起こった奇跡じゃない。私たちが生きる世界にも、「呪い」や「魔法」や「奇跡」はそこここに転がっている。自分を縛り付けていた「呪い」を「善き魔法」に変えられたとき、世界は変わる。自分の中の闇をも抱きしめると決めたとき、闇は光に変わるだろう。

 

私たちは物語のような奇跡の世界に生きている。ミミもこだちも、私たちが生きる世界のどこかで、今日も命を輝かせている。

 

「自分の人生を生きる」と決めたなら、この物語は読む人に勇気と愛を授けてくれる。

 

恐れることは何もない。

 

『吹上奇譚』幻冬舎
吉本ばなな/著

この記事を書いた人

横田かおり

-yokota-kaori-

本の森セルバ岡山店

1986年、岡山県生まれ。担当は文芸書、一般文庫、人文書、児童書、実用書、芸術書。 本を開けば人々の声が聞こえる。知らない世界を垣間見れる。 本は友だち。人生の伴走者。 本がこの世界にあって、ほんとうによかった。

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