「世界でいちばん貧しい大統領」から学ぶ――「働く」を考える本(3)

三砂慶明 梅田 蔦屋書店人文コンシェルジュ

『ホセ・ムヒカ 世界でいちばん貧しい大統領』角川文庫
アンドレス・ダンサ、トゥルボヴィッツ・エルネスト/著、大橋美帆/訳
『ホセ・ムヒカ 日本人に伝えたい本当のメッセージ』朝日新書
萩一晶/著
『世界でもっとも貧しい大統領 ホセ・ムヒカの言葉』双葉社
佐藤美由紀/著

 

働くことについて考えるにあたり見過ごせないのは、お金と時間の問題についてです。私たちがこれからの未来を考える上で、無意識の前提となっているのは、右肩上がりの成長曲線です。大量消費社会を支える技術、合理的な社会制度、商品の自由な流通。生活水準は過去と比べて最高の水準で、限りある資源を使い尽そうとしています。それでもまだ経済成長が必要なのでしょうか?

 

私たちは何のために働き、生きるのか。立ち止まって、持続可能な社会の形を考えようと呼びかけた人がいます。

 

1960年代、南米の伝説的な都市ゲリラ「トゥパマロス」の中核メンバーとして当時の政府と武装闘争し、投獄4回、脱獄2回。銃撃戦で6発撃たれ、瀕死の状態で収監されました。トイレも流しもマットレスも何もないコンクリートの独房で10年過ごし、精神錯乱状態になりながらも、読書によって救われたといいます。独房で眠る夜、マット一枚あるだけで満たされた経験をして、いま生きていること自体が奇跡なんだと気づいた政治家がいました。ウルグアイ東方共和国第40代大統領ホセ・ムヒカがその人です。

 

写真/濱崎崇

 

「人は独りでは生きていけない。恋人や家族、友人と過ごす時間こそが、生きるということなんだ。人生で最大の懲罰が、孤独なんだよ。(中略)憎しみのうえに、善きものは決して築けない。異なるものにも寛容であって初めて、人は幸せに生きることができるんだ。」(『ホセ・ムヒカ 日本人に伝えたい本当のメッセージ』)

 

フランシスコ法王、バラク・オバマ、プーチン、習近平、フィデル・カストロ、チャベスなどのラテンアメリカの指導者ら、世界を代表する大物らがテーブルをともにし、良き相談相手としてその名前をあげる哲人政治家、ホセ・ムヒカを有名にしたのは、たった8分間のスピーチでした。

 

もっとも衝撃的なスピーチとして、全世界の注目を浴びた国連のリオ会議でムヒカが語ったのは、
「残酷な競争で成り立つ消費主義社会で、『みんなで世界を良くしていこう』といった共存共栄な議論はできるのでしょうか」

 

という問いかけでした。人類は、自分たちが作り出した消費社会をコントロールすることができなくなっており、

 

「消費が社会のモーターになっている世界では、私たちは消費をひたすら早く、多くしなくてはなりません。消費が止まれば経済が麻痺し、経済が麻痺すれば“不況のお化け”がみんなの前に現れるのです。
このハイパー消費を続けるためには、商品の寿命を縮め、できるだけ多く売らなければなりません。ということは、本当なら10万時間持つ電球を作れるのに、1000時間しか持たない電球しか売ってはいけない……。
私たちは、そんな社会にいるのです!」
(『世界でもっとも貧しい大統領 ホセ・ムヒカの言葉』双葉社)

 

と、私たちの社会が、「使い捨ての社会」であることを指摘します。

 

使い捨ての社会では、長持ちする商品は作れず、結果としてわたしたちは際限なく働かなければなりません。どれほど効率よく働いたとしても、それ以上に商品を買う社会に暮らしているならば、結局のところわたしたちの一生は、買い物カートに商品を積んでローンを払っている間に、年老いて死ぬだけです。

 

私たちが何かを買うとき、お金を使っているように感じますが、お金を得るために費やした時間で買っているということを忘れがちです。時間は、私たちの人生そのものであり、言うまでもないことですが、過ぎ去った時間をお金で買うことはできません。

 

「発展は幸福を阻害するものであってはいけないのです。発展は人類に幸福をもたらすものでなくてはなりません。
愛を育むこと、人間関係を築くこと、子どもを育てること、友達を持つこと、そして必要最低限の物を持つこと」(同上)といい、人間にとって幸福こそが「もっとも大切なもの」だと指摘します。

 

「貧乏な人とは、少ししか物を持っていない人ではなく、無限の欲があり、いくらあっても満足しない人のことだ」(同上)

 

といったムヒカは、給与のほとんどを寄付し、「世界でいちばん貧しい大統領」として有名になりました。

 

貧しい人がいるのに手を差し伸べないのは、恥ずかしいことではないのか。大きな変革は小さな村から生まれるといい、一人ひとりが挑戦することが必要なんだというムヒカの言葉が世界で注目されているのは、大量消費社会を生きぬくために、ムヒカの質素の哲学が必要とされているからだと思います。

 

写真/濱崎崇

 

「良い本を読むと、その本を閉じたときから冒険が始まる。それは、読者も物語の一部を書くからだ。良い本は読者を考えさせてくれる。」
(『ホセ・ムヒカ 世界でいちばん貧しい大統領』)

 

人生はたった一度きりの冒険です。過去にさかのぼってやり直すことはできません。しかしながら、いまできることは何なのかを考えて、それぞれの人生を積み重ねていくことは誰にでもきっとできるはずです。私は、「人生は未来だ、過去じゃない」というムヒカの言葉からはじめてみたいと思います。

 


『ホセ・ムヒカ 世界でいちばん貧しい大統領』角川文庫
アンドレス・ダンサ、トゥルボヴィッツ・エルネスト/著、大橋美帆/訳

この記事を書いた人

三砂慶明

-misago-yoshiaki-

梅田 蔦屋書店人文コンシェルジュ

1982年兵庫県生まれ。大学卒業後、工作社『室内』編集部に入社。休刊後は、本とその周辺をうろうろしながら、梅田 蔦屋書店で念願の書籍担当に。『サンガジャパン』(サンガ)、『ひとりふたり・・』(法蔵館)、WEB本の雑誌「横丁カフェ」(第一木曜日)の読書案内を担当。(著者写真撮影/濱崎 崇)

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