アインシュタインに異議を唱えるヤバみが深い説『光速より速い光』

長江貴士 岩手県・盛岡市 さわや書店フェザン店・文庫担当

『光速より速い光 アインシュタインに挑む若き科学者の物語』NHK出版
ジョアオ・マゲイジョ/著 青木薫/訳

 

『(自身の学者としての立派な経歴を書いた後で)のっけからこんなことを言いだしたのは、なにも自慢話をしたいからではなく、本書でこれから述べることが、とんでもなくヤバそうな思弁的理論の話だからである。科学において何が確かだと言って、アインシュタインの相対性理論ほど確かなものはまずないと言っていい。ところがこの僕は、まさにその相対性理論に異議を申し立てようとしているのだ―それも徹底的に。そんなことをするのは物理学者として自殺行為だと思われてもしかたがない。実際、有名な某ポピュラーサイエンスのタブロイド紙は、僕の仕事を紹介する記事に「異端」という見出しをつけたが、まあ、そんなところだろう。』

 

本書は、こんな文章から始まっている。物理学に明るくない人には、彼が主張する「ヤバさ」はあまり理解できないかもしれない。しかし僕のように、ちょっとでも知っている人からすれば、これはなかなかヤバい話なのだ。アインシュタインが生み出した相対性理論は、300年間物理の世界で信じられてきたニュートン物理学では理解できなかった現象を見事に説明し、また、時間や空間への認識をそれまでとは一変させた理論である。相対性理論の根幹を成す考え方は、真空においてはどんな条件下で測定しても光の速さは一定という「光速度不変の原理」であり、光速(記号ではcと書く)が一定であるという条件は、物理学の様々な分野で関わってくる。そもそも光速が一定であるというのは、ある有名な実験によって正確に測定されている事実なのだ(しかしアインシュタインは、相対性理論を提唱した時この実験については知らなかった)。

 

本書の著者は、まさにこの「光速度不変の原理」に異議を唱え、「初期宇宙においては、光は今よりも速く伝わったのではないか」という「光速変動理論(Varying Speed of Light)」を提唱したのだ。本書はそんな「VSL理論」についての本なのだが、著者はこの理論について人に話すと、気まずい沈黙が流れたり、「とても馬鹿げた(Very SiLly)」の略だろうと言われることもあったそうだ。

 

さてここで、一つ大事なことを書いておこう。著者がVSL理論を発表したのは1997年、本書が日本で出版されたのが2003年だ。理論の発表から既に20年以上が経っている。そして僕は、2018年現在におけるVSL理論の現状をまったく知らない。今も科学系の本は読むが、少なくとも本書以外にVSL理論について触れた記述を見かけた記憶がない。それは取りも直さず、VSL理論が検証に耐えきれず葬り去られてしまったことを意味するのかもしれない。

 

しかし、仮にVSL理論が大間違いだとしても本書には読む価値がある、と著者は書く。何故ならVSL理論を説明するということは、「相対性理論」と、ビッグバン宇宙論の多くの問題を解決するとされる「インフレーション理論」を詳細に説明することだからだ。本書でも、中盤まではこの二つの理論について歴史的背景を踏まえながら詳細な説明がなされる。僕もこの記事では、VSL理論そのものには深く切り込まず、「何故著者がVSL理論を発想するに至ったか」を、ビッグバンの問題点について触れながら書いていこうと思う。

 

宇宙はビッグバンから始まった、という話は、聞いたことがある人は多いだろう。そんな発想が何故生まれたかと言えば、ハッブル望遠鏡で有名なハッブルが見出した「ハッブルの法則」にある。この法則は、宇宙が膨張していると主張しているのだ。

 

僕らにとってこの事実は大して衝撃的に感じられないが、当時の科学者たちにとっては驚くべき事実だった。何故なら、「静止した宇宙」が当時の常識だったからだ。

 

アインシュタインは実は、相対性理論の式から、宇宙が静止しているのではなく、絶えず運動していることを導き出していた。しかしアインシュタインは、宇宙は静止しているべきであると考え、宇宙がちょうどよく静止してくれるように式に「宇宙定数」という項を加えたほどだ。このことは「アインシュタイン最大の誤り」と呼ばれているのだが、しかしさすがアインシュタイン、この「宇宙定数」、なんと別の文脈で復活することになるのである。

 

とにかく、アインシュタインでさえも、宇宙は静止していると考えていたのであり、だからハッブルの法則に衝撃を受けたのだ。

 

宇宙が絶えず膨張しているとすれば、時間を逆回しにすれば、宇宙が1点から始まったことになるのではないか――。このような発想から、ビッグバンという考え方が生まれたのだ。しかしビッグバンにはいくつか問題があった。

 

一つ目は「地平線問題」である。詳細な説明をしようとすると煩雑になるのでざっくり行くが、これは「何故宇宙はこれほど均質なのか」という疑問である。どんな情報であれ、光が届かなければ伝わらない。しかし宇宙初期において、現在と同じ光速だったとすればお互いに光が届かなかったはずの領域同士が、ほぼ同じような性質を持っているのだ。これは、ネット環境がない場所にいる二人がまったく同じ絵を描いていた、みたいなイメージをしてもらえればいいんじゃないかと思う。情報のやり取りが出来なかったはずなのに、何故同じような性質なのか?

 

二つ目は、「平坦性問題」だ。これはフリードマンという物理学者が、相対性理論を考慮すると、宇宙の基本構造には「閉じた宇宙」「開いた宇宙」「平坦な宇宙」の三つしかない、と導き出したことによって生まれた問題だ。「平坦な宇宙」だけが現在のような宇宙、つまり星が生まれ生命が生じるような宇宙であり得る。だから、僕らが生きているこの宇宙は「平坦な宇宙」であるはずなのだが、しかし「平坦な宇宙」はもの凄く不安定なのだ。どれぐらい不安定かと言えば、宇宙誕生1秒の時点で、ある数値が「0.99999999999999999」と「1.00000000000000001」の間になければ、「平坦な宇宙」にならないという。その数値がこの値から僅かでも外れてしまえば、「閉じた宇宙」か「開いた宇宙」のどちらかになり、現在のような宇宙が生まれることはなくなってしまう。こんな精度の高い微調整が施された、と考えられるだろうか?

 

そして三つ目が、先ほど「誤り」として紹介した「宇宙定数」に関わるのだが、この問題は説明しにくいので省略しよう。「宇宙定数」を生み出したアインシュタインは、ハッブルが「宇宙は膨張している」と発見したことによってそれを自ら否定した。しかしその後、「真空が持つエネルギー」として復活したのだ。この「真空が持つエネルギー(宇宙定数)」がゼロではない、ということがビッグバンにおいて問題になってくるのだ。

 

これらビッグバンの問題を解決したのが「インフレーション理論」なのだ。それぞれの問題をどう解決したのかを説明するのは、僕の手に余るので省略するが、あまりにもインフレーション理論が大成功を収めたので、著者がVSL理論を考え始める前の時点で、インフレーション理論を扱わなければ宇宙論の研究者として頭がおかしいと思われるという程だったという。

 

しかし、インフレーション理論は、実験で確かめられたわけではない。理論上、ビッグバンの多くの問題を解決しうるが、だからと言ってビッグバンの問題を解決する方法がインフレーション理論だけと決まったわけではない。ならば、ビッグバンの謎を解くための代替案があってもいいじゃないか――そんな考えから、著者は代替案を探す長い道のりを歩み始め、「光速cが宇宙初期はもっと速かったかもしれない」というVSL理論に行き着くことになるのだ。本書の後半は、物理学の常識に反する理論を組み上げようとする著者の奮闘記を交えながら、VSL理論がどのように生み出され、どのようにビッグバンの謎を解消しうるのかを説明していく。VSL理論の話ももちろん面白いのだが、それ以上に、著者が「常識に反する理論」を組み上げる過程で、どんな戦いを繰り広げてきたのかという奮闘記もメチャクチャ面白い。

 

実はアインシュタインも、「光速が変動する理論」を考えたことがあるという。そのアイデアは実際には間違いであり、当然著者のVSL理論とも関係がなかったのだが、「光速度不変の原理」を見出したアインシュタインその人も、「光速が変化する」という考えを持っていた、という話は非常に興味深い。

 

 

『光速より速い光 アインシュタインに挑む若き科学者の物語』NHK出版
ジョアオ・マゲイジョ/著 青木薫/訳

この記事を書いた人

長江貴士

-nagae-takashi-

岩手県・盛岡市 さわや書店フェザン店・文庫担当

1983年静岡県生まれ。大学中退後、10年近く神奈川の書店でフリーターとして過ごし、2015年さわや書店入社。2016年、文庫本(清水潔『殺人犯はそこにいる』)の表紙をオリジナルのカバーで覆って販売した「文庫X」を企画。2017年、初の著書『書店員X「常識」に殺されない生き方』を出版。「本がすき。」のサイトで、「非属の才能」の全文無料公開に関わらせていただきました。

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