透明で音のしないカメラを片手に、今日も街を見渡す 『秘蔵カラー写真で味わう60年前の東京・日本』

横田かおり 本の森セルバBRANCH岡山店

『秘蔵カラー写真で味わう60年前の東京・日本』光文社
J・ウォーリー・ヒギンズ/著

 

 

「街」はそこに立つ人のフィルターを通してしか、見ることも語ることもできない。そして、見えた景色や感じた想いは、本当のところは誰とも共有することはできない。どんなに言葉を尽くしても、どんなに親しい間柄でも、脳内に広がる景色を言葉にして伝えきることはできないから。それでも、伝え続けたいし、受け取る努力をしたいと思う。たとえそれが勘違いでも、「分かり合えた」という体感は心をあたたかく照らす光になりえる。

 

『秘蔵カラー写真で味わう60年前の東京・日本』はアメリカ出身で“鉄オタ”のJ・ウォーリー・ヒギンズが撮りためた貴重なカラー写真と共に、昭和30年代の日本の鉄道を中心に当時の街の様子を紹介している。

 

今では当たり前のカラー写真だが、当時はとても貴重なもので、時間が経つと劣化してしまうものも多かったという。不思議なご縁で著者が手にしたカメラだからこそ、当時の様子を美しく鮮明に目にすることができる。

 

私にとって、本書に掲載されている写真は馴染みのない景色ばかりだ。昭和30年代、私はこの世界に生まれていない。だから、写真を見て、ノスタルジックな気持ちになったり、「懐かしい」と目を細めるようなことはない。

 

けれども、写真の中に入りこむように自分の瞳をフォーカスさせると、当時の人々が見ていた景色や喧騒のざわめき、そこに生きる人々の気配が感じられるような気がしてくる。写真には、目にした者の瞳を通して、新たな息吹が加わる魔法のようなものがあるのかもしれない。

 

私の知る「岡山」もずいぶん変化を遂げてきた。学生の頃は、とてつもなく都会で憧れの街だった。お小遣いを握りしめ、友人と電車に乗って買い物に行くのは一大イベント。おしゃれな友人が連れて行ってくれた洋服屋さん。私より随分と大人で、おしゃれな人々がたくさんいて、服を見ることさえままならなかった。それから何度も通って、何度も失敗して、自分の好きな服をちゃんと選べるようになった。

 

でも、当時好きで着ていた服を着ることはもうないし、憧れの店があった場所には、今は不動産の会社が入っている。

 

「街」の変化とともに、街を見つめる私自身も変わっていく。変化するとは、過去を忘れ、特別だったことに何も感じなくなることでもある。

 

きっと、思い出せない記憶の方が多いのだ。思い出せず、はるか彼方に消えてしまった記憶。忘れたくないと願ったのに、忘れてしまった記憶。

 

もし、人の心にもカメラが搭載されているとしたのなら。そのカメラのシャッターが切られるのは、“心が大きく動いた瞬間”だろう。忘れたくないほど幸福だと感じた瞬間も、一刻も早く排除してしまいたいと思うような感情が生まれた瞬間も、心の振り幅がプラスとマイナスに働いたというだけで、どちらもが絶好のシャッターチャンスだ。

 

私の心が激しく揺さぶられた瞬間。その瞬間を写真にすることで、繰り返し思い出すことのできる記憶が生まれる。

 

心の動きをとめないで、生まれた感情から目を逸らさないで、感じた感情を、瞳に映った光景を、私は記憶にとどめたい。たくさんの写真を抱えて、いつか美しい場所へ旅立つために。

 

透明で音のしないカメラを片手に、今日も私は〈私の街〉を見渡している。

 

『秘蔵カラー写真で味わう60年前の東京・日本』光文社
J・ウォーリー・ヒギンズ/著

この記事を書いた人

横田かおり

-yokota-kaori-

本の森セルバBRANCH岡山店

1986年、岡山県生まれ。担当は文芸書、児童書、学習参考書。 本を開けば人々の声が聞こえる。知らない世界を垣間見れる。 本は友だち。人生の伴走者。 本がこの世界にあって、ほんとうによかった。

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