70代女性の起死回生作戦『マジカルグランマ』瀧井朝世

小説宝石 

『マジカルグランマ』朝日新聞出版
柚木麻子/著

 

「マジカル」ときけば「魔法のような」「魅惑的な」といった日本語訳が浮かぶ。だから柚木麻子の新作のタイトルが『マジカルグランマ』と知った時は、「魅力的なおばあちゃんの話だな」と思った。だが、この言葉に含まれる意味は、また違うものだった。

 

七十四歳の正子は、若かりし頃女優デビューするもののすぐに映画監督と結婚して引退、以来主婦として生きてきたが、夫にはすっかり愛想をつかし、食事の世話はしているものの、ここ数年口をきいていない。別居を望み再就職活動をはじめ、シニア俳優として再デビュー。すると、とあるCMがきっかけで「日本の理想的な優しいおばあちゃん」として人気者に。

 

その矢先に夫が突然亡くなり、おしどり夫婦と思われていた二人が、実は冷え切っていたことが世間にバレてしまう。彼女は世間から猛反発をくらってしまうのだ。

 

らには夫の借金も判明、広い邸宅を売るためにはその前に屋敷を解体する費用が必要……と、突然生活は苦しくなる。映画監督志望の居候女性、杏奈の協力を得て正子は起死回生の一策を練る。

 

作中、言及されるのは「マジカルニグロ」。過去のフィクション作品の中で描かれる、主人公に献身的に描かれたステレオタイプの黒人を指す。その話を聞いた正子も、自分が世間に求められていたのはいつでも孫や家族に優しく献身的、かつ老いてもキュートなおばあちゃん像だったのだと気づく。

 

どん底を味わった人間が一発逆転を目指すコミカルで痛快な物語だが、そこにはやはり、著者ならではの、世間に広まる価値観を見直す視点がこめられていて、気づきを与えてくれる。ラストもニヤリ。なんだか力の湧いてくる一作である。

 

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『ゆりかごに聞く』幻冬舎
まさきとしか/著

 

新聞文化部記者の宝子のもとに警察から電話が。彼女の父と指紋の一致する変死体が見つかったという。しかし父はずいぶん前に火災で遺体が見つかり、葬儀も行っている。あの時死んだのは誰だったのか、父はその後どんな人生を送っていたのか。彼女は知人ライターの協力を得て調べ始める。やがて父が別の猟奇的殺人の記事を持っていたことが分かり……。実は血の繋がりのない父への思い、離婚した夫とともに暮らす娘へ感じる負い目と、宝子は向き合う。親子をテーマに書き続ける著者が、人と人の繋がりの複雑さをスリリングに描き切る。

 

『マジカルグランマ』朝日新聞出版
柚木麻子/著

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-syosetsuhouseki-

伝統のミステリーをはじめ、現代小説、時代小説、さらには官能小説まで、さまざまなジャンルの小説やエッセイをお届けしています。「本がすき。」のコーナーでは光文社の新刊を中心に、インタビュー、エッセイ、書評などを掲載。読書ガイドとしてもぜひお読みください。(※一部書評記事を、当サイトでも特別掲載いたします)

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