母の死の謎を追う、愛と復讐の物語『夜の塩』縄田一男

小説宝石 

『夜の塩』徳間書店
山口恵以子/著

 

山口恵以子が、いかにも松本清張賞受賞作家らしい作品をものした。それがこの『夜の塩』である。

 

母子家庭ながら、キリスト教系の女子学校で英語の教鞭をとる篠田十希子は、結婚も決まり、充実した生活を送っていた。ところが、老舗(しにせ)料亭で中居をしている母・保子が、ある疑獄事件の渦中にある商社の資金課長と心中したことによって運命は暗転する。職を追われ、婚約破棄となった十希子は、母は決して心中などしていないと、自分で事件の真相を暴く決心をし、くだんの料亭で、中居をはじめることにーー。

 

硬派の検事・柑野、一癖も二癖もありそうな赤新聞の記者・津島、さまざまな疑獄事件で名前が挙がった政治家・久世龍太郎の懐刀・糸魚川、女将(おかみ)の放蕩息子・満等々、十希子は様々な登場人物と接触していくうちに、事件の真相に肉薄していく。

 

冒頭の心中死体という点は、松本清張の『点と線』を思わせ、ヒロインの復讐という点では『霧の旗』を想起させる。だが、この一巻は、単なる清張作品へのオマージュではない。

 

本書が面白くなって来るのは、十希子がいよいよ敵の本丸ーー前述の糸魚川の愛人になって、駒を進めていくという大胆な作戦に打って出てからなのである。

 

ここから題名の『夜の塩』の“夜”の意味は分かるだろうし、それでは“塩”は何を意味するのだろうかといえば、清張作品には秀逸な恋愛小説『砂漠の塩』があるではないか。

 

十希子も、糸魚川に疑惑を募らせつつも、その魅力に抗し切れない部分があり、このあたりの男女の綾がウェルメイドに描かれている。一気読み必至の力作といえよう。

 

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『藻屑蟹』徳間書店
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『鯖』『らんちう』等、衝撃作を次々と放った赤松利市のデビュー作にして、第一回大藪春彦新人賞受賞作『藻屑蟹』がとうとう文庫オリジナルで刊行の運びとなった。
東日本大震災後の福島を舞台に、底辺の暮らしを強いられている“俺”が、莫大な補償金を受け取っている原発避難民への歪んだ嫉妬から、友人が持ちかけた闇の原発ビジネスに足を突っこんでいくさまをシニカルなタッチで描いた作品。いわゆる世の良識派から見れば、かなり“アブナイ”小説かもしれないが、作者は“除染作業員”の経験があるとのこと。

 

『夜の塩』徳間書店
山口恵以子/著

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-syosetsuhouseki-

伝統のミステリーをはじめ、現代小説、時代小説、さらには官能小説まで、さまざまなジャンルの小説やエッセイをお届けしています。「本がすき。」のコーナーでは光文社の新刊を中心に、インタビュー、エッセイ、書評などを掲載。読書ガイドとしてもぜひお読みください。(※一部書評記事を、当サイトでも特別掲載いたします)

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