人と人が一切の欺瞞なくぶつかり合う純真な世界 『アーモンド』

青柳 将人 文教堂書店 青戸店

『アーモンド』祥伝社
ソン・ウォンピョン/著 矢島暁子/翻訳

 

 

国内作品は読むけれど、海外作品はあまり読まないという本好きも少なくないと思う。

 

国内作品とは違って土地の名前が出てきてもすぐにイメージが沸かなかったり、登場人物の行動や心理描写、会話のやりとりに違和感を抱いたりしてしまう事もあって物語が頭に入って来ない。そんな話をたまに耳にするし、実際にかつての自分自身もそんな時期があった。

 

けれど、自分の読書の嗜好やスタイルに合った作品と最初に出会うことさえ出来れば、読書の視界は何倍にも広げてくれる。

 

近年、韓国作品が書店の海外文学コーナーに拡がりを見せているが、まだまだ一般の読者にはハードルの高いジャンルになってしまっているかもしれない。

 

そんな昨今盛り上がりを見せている韓国文学に興味はあるけれど、何から読み始めれば良いのか迷っている方への最初の一冊目として、自信を持ってお薦め出来る作品が本書だ。

 

著者のソン・ウォンピョンは韓国映画アカデミーにて映画演出を学び、20代の頃から映画の脚本や演出で高い評価を受けてきた、韓国で今最も注目を集めているクリエイターの一人。近年はその才能を文学の世界でも遺憾なく発揮し、デビュー作の本書が韓国で出版されると、失感情症と真摯に向き合って生きていく少年ユンジェの姿が、子供だけではなく大人の読者からも瞬く間に多くの共感を呼んだ。

 

失感情症とは発達障害の一つで、書名の『アーモンド』は、脳の感情を司る扁桃体のことを指している。このアーモンドによく似た形状をした扁桃体が一般の人よりも小さいユンジェは、喜びや悲しみ、怒りや恐怖といった感情をうまく感じ取ることができない。話している相手が笑わせようとしているのか、起こっているのかさえもうまく判別ができないのだ。

 

けれど、この失感情症という症状は、心身の成長と共に改善できることが、医学的にも証明されている。

 

ユンジェの母親は、息子が失感情症という診断を受けた後、あらゆる手段を使って喜怒哀楽といった感情を伝えようとする。その息子の未来の為に必死になる姿には、誰もが胸を熱くせずにはいられないはずだ。

 

ユンジェが17歳になるクリスマスイヴの日、悲しい事件が起きてしまう。一緒に住んでいた祖母を亡くし、母親は病院で寝たきりになってしまい、目を覚ますことは絶望的だと医者から告げられる。

 

誰ひとり身寄りのいなくなったユンジェは、事件の影響で同級生達から好奇の目にさらされる中、ゴニという少年が転校してきたことによって、更に過酷なものになっていく。

 

とあるきっかけでゴニはユンジェに因縁を抱き、ちょっかいを出し始める。それは日を増す毎にエスカレートし、やがていじめに発展していく。しかし、ユンジェはどんな嫌がらせや暴力に対しても全く表情を変えることはない。

 

感情を剥き出しにしてぶつかってくるゴニに対して、その全てを水のように受け流していくユンジェ。非対称的な二人だが、そこには嘘偽りのない人と人との心のぶつかり合う姿が描かれている。欺瞞の一切ない十代の純粋な感情だからこそストレートに伝わってくるゴニの感情は、ユンジェに今までに抱いたことのなかった気持ちを芽生えさせていく。

 

このユンジェの人として少しずつ成長していく姿が読者の心を掴んで離さない。著者が学生時代に社会学や哲学を学んでいた経緯もあり、それぞれの登場人物の心の機微が細かいところまではっきりと伝わってくる。

 

重たいテーマを扱った作品ではあるが、韓国では青少年の読者を対象にして出版されたヤングアダルト作品なので、韓国文学の入門書としても非常に読みやすい。その読みやすさの一つとして、物語は一人称の視点で描かれているから、読者は自然と主人公の気持ちに寄り添って物語を読み進めていくことができる。

 

そしてもう一つ。それぞれの登場人物の個性が確立しているということもあるが、先述したゴニだけではなく、登場人物の殆どが二文字の愛称で書かれているからとても分かりやすい。海外文学ありがちなで横文字の名前の多さに、誰が誰なのか分からなくなってしまうということに陥ってしまうということもないだろう。

 

物語の中盤で元死刑囚のアメリカの作家・P.J.ノーランの言葉が引用されている。

 

「救うことのできない人間なんていない。救おうとする努力をやめてしまう人たちがいるだけだ」

 

この一文は、作品を通して描かれた大きなテーマの一つだと思う。

 

失感情症は、たった一人だけで抱え込んでいるだけで克服できるようなものでは決してない。様々人々がユンジェの心を刺激し、そして少しずつ様々な感情を育んでいく。

 

そしてユンジェも知らぬうちに同級生のゴニやドラといった登場人物の、人生の中で大切な役割を担う存在になっているのだ。

 

人は誰しもが孤独に生まれてきた訳ではない。出会ってきた人の数だけ助けられ、そして誰かの救いになり、互いに支えあっていくことによって、それぞれの物語の登場人物として記憶の中に生き続ける。

 

読者の性別や世代関係なく、国境を越えて共感することのできるオールラウンドな作品が出版されたということに価値があると思うし、これから翻訳されて国内で出版されていく海外文学作品にも良い影響を与えてくれるに違いない。

 

ユンジェという一人の少年の半生を通して語られた、世代を越えて感動を分かち合える物語が、一人でも多くの読者に届くことを切に願う。

 

『アーモンド』祥伝社
ソン・ウォンピョン/著 矢島暁子/翻訳

この記事を書いた人

青柳 将人

-aoyagi-masato-

文教堂書店 青戸店

映画学校、映像研究所を経て、現在書店員として文芸、文庫、新書、人文書、ビジネス書、実用書、理工書、PC書、芸術書等のジャンルの担当をしている。過去のブックレビューとしてTOKYO FM「まえがきは謳う」、WEB本の雑誌「横丁カフェ」がある。

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