桜庭一樹と嶽まいこが誘う、夢のような満ち足りた絵本の世界 『すきなひと』

横田かおり 本の森セルバBRANCH岡山店

『すきなひと』岩崎書店
桜庭一樹/著 嶽まいこ/イラスト 瀧井朝世/編集

 

 

この絵本は「恋の絵本」シリーズの第一作目。誰かをすきだと思うこと。何かをすきだと思うこと。恋には、ありとあらゆる種類やかたちがあるけれど、この絵本では、わたしじしんに対する恋が描かれている。そして、わたしはわたしを「すき」といっていいのだと思わせてくれる、まほうのつまった物語だ。

 

空には、輝くばかりの星がまたたく、あるよる。わたしは、“わたし”とすれちがった。
わたしは、リボンのついたカチューシャに、あかい縦縞の服。“わたし”は目深にキャップをかぶり、みどりの横縞の服。わたしのことなんて、見ていない“わたし”。でも、わたしは“わたし”だと気がついたから、迷わず声をかけた。

 

〈「どこへ いくの?」
「あっちに すきな ひとが いるから おいかけてる
いそがなきゃ! またね!」〉

 

そう言って、足早に駆けぬけていった。わたしに、すきなひとなんていないのに。へんなの、“わたし”!

 

でも、その日をさかいに、わたしは変わった。もういちど、“わたし”に出会いたいと思ったから。花びんのなかに、クローゼットのなか。カバンのなかに、望遠鏡。いろんな場所をのぞいて、わたしは“わたし”を探した。そんな場所、いるはずないのにね。

 

そんなことをするうちに、ずいぶん時間が経っていたみたい。気づけばわたしは、草原のみどりと、海と空のあおが、うつくしい場所にいた。さがしていた“わたし”も、そこにいた。

 

〈「すきな ひと いま いっちゃった」
「でも また すぐ くるよ」
「じゃ いっしょに まとうか」〉

 

それからの日々は永遠につづくようだった。太古のあさをむかえ、都会のビルから明かりがこぼれ、季節は幾度もめぐった。でも、ふしぎと退屈しなかった。だって、わたしはすきなひとを待っているんだから。ひゃくおくねんとも思えるような時間にも、ついにおわりがきた。すきなひとが、人生のたびを、おえたのだ。

 

やっと出会えた、だいすきなひと。おかえり、だいすきなわたし。

 

この物語みたいに、過去のわたしは今のわたしを見守り、今のわたしは未来のわたしを見つめているんだろう。だって、わたしは、“わたし”のことが、だいすきだから。

 

『すきなひと』岩崎書店
桜庭一樹/著 嶽まいこ/イラスト 瀧井朝世/編集

この記事を書いた人

横田かおり

-yokota-kaori-

本の森セルバBRANCH岡山店

1986年、岡山県生まれ。担当は文芸書、児童書、学習参考書。 本を開けば人々の声が聞こえる。知らない世界を垣間見れる。 本は友だち。人生の伴走者。 本がこの世界にあって、ほんとうによかった。

関連記事

この記事が気に入ったら
いいね!しよう

最新情報をお届けします

Twitterで「本がすき」を