本がすき。な方のための競馬入門 『勝ち馬がわかる血統の教科書』

吉村博光 HONZレビュアー

勝ち馬がわかる血統の教科書』池田書店
亀谷敬正/著

 

 

偉大なる種牡馬ディープインパクトに哀悼の意を捧げます。

 

競馬は「筋書きのないドラマだ」とよく言われる。なんとも、本好きの方の心をくすぐる言葉ではないか。しかし私の場合、競馬を好きになるキッカケとなった言葉は、父からの「お馬さんでも観に行こうか」という誘いだった。

 

小学1年生の頃、同級生たちは秘密戦隊ゴレンジャーに夢中だった。私も例外ではなかったが、私はキレンジャーを愛するように悲運の名馬テンポイントも愛していた。答案用紙の裏側に競馬場の絵を描いて、母親が先生に呼ばれたほどである。

 

競馬はギャンブルだ。しかし同時に、子供のピュアなハートを射抜く魅力をもった文化でもある。競馬で人生を棒に振る人もいる。しかし同時に、幾重にも積み重なる血のドラマを堪能する人もいるのである。馬の一生が、人のほぼ1/4の長さである事実は大きい。

 

宇宙の時間からみれば、地球の時間は一瞬だ。また、数多ある星々の歴史のひとつに過ぎない。さらに地球の時間からみれば、人生など一瞬である。そして人の一生の間には、何世代もの競走馬の血の積み重なりがある。親、子、孫・・・織り成すドラマに自らを重ね合わせる。

 

しまった。ここは、ポエムを書く場所ではない。レビューを書く場所だった。ここで私が皆様に伝えるべきことは「競馬に興味を持ちながらも躊躇している本好きの方がいらっしゃるのなら、どうかまずは、本書を読んで欲しい」ということである。

 

新聞の印をもとに馬券を買って一喜一憂するだけでは、競馬はもったいない。レジャーとしては楽しい時もあるが、思い通りにはいかないことも多い。直木賞作家・山口瞳にいたっては「競馬必勝法とは、馬券を買わないことだ」と書いているくらいなのだ。

 

馬券の世界に足を踏み入れるということは、ただ「勝つこともあれば負けることもある」という事実を冷静に受け入れることだ。ビギナーズラックで最初は楽しかったとしても、いずれ飽きてしまうか、人生を棒に振ってしまうだろう。

 

しかし、血統で競馬を愉しめるようになれば、競馬は一生の趣味になる。本書はそうなるための第一級の教科書なのだ。父母名や母父名をみれば、自分の考えで馬券が買えるようになる本だ。競馬歴40年超の私が、自信をもって太鼓判を押す。著者もこう書いている。

 

「血統」の成り立ちとしくみを知ることによって、競走馬の「能力の方向性」が理解できるようになる。競走馬の差が「能力の方向性」の違いであることがわかれば、人気順に惑わされず、激走馬を見抜くことができるようになるだろう。
本書が「血統」を通して、さらなる競馬の奥深さと面白さを味わう一助になれば幸いである。
~本書「はじめに」より

 

私は競馬を覚えてから、様々な競馬関連書を読んできた。寺山修司の本にもハマッたし、根拠が曖昧な予想法の本もたくさん読んできた。だがもし、本書が入り口だったら、もっとアカデミックでブリリアントな予想をしているに違いない。例えば、こんな予想である。

 

ディープインパクト産駒が能力全開とはいかない条件がいくつかある。
人気馬が馬券圏外に消えれば、黙っていても高配当がついてくる。本書で解説する「日米欧」を切り口にした血統予想法を理解すれば、そうした波乱の予兆を見逃すことなく、人気に関係なく好走する可能性が高い馬を見抜けるようになるはずだ。さっそく実践例を見てみよう。
~本書「序章 レース条件が変われば、激走馬は変わる」より

 

通常、芝の中距離はディープインパクト産駒が強いが、道悪馬場で持久力が求められるレースでは欧州血統に注目する。著者のいう「日米欧」とは大雑把にいうと、「日本血統:瞬発力」「米国血統:加速力」「欧州血統:持久力」という分類だ。

 

私もこの分類をとりいれてから、競馬がより面白くなった。エビデンスがないので無責任なことは書けないが、馬券も(やや)当たるようになった(と思う)。それは本書の構成自体が、よく整理されていてわかりやすく、頭に残るからだと思う。

 

まずは、序章で実践例が紹介され、グッとひきこまれる。そして、軽く血統の基礎知識にふれ、日米欧・3サンデー系の分類を紹介した後、レース条件別の予想の仕方がまとめられている。そして、系統別の分類で種牡馬の「能力の方向性」を紹介する。

 

私は本書で、名馬セクレタリアトと生まれ年が同じだ、ということをはじめて知った。現代の馬の血統表で何代も遡らないとお目にかかれない古い名前だ。また、ステイゴールドが活躍産駒が牡馬に偏るコルトサイアーだということを知った。読み物としても面白い。

 

世界各地の馬場状況にあわせて、枝葉を広げてきた血統の歴史。その最前線の馬たちが出走する日本のレース。私たちはそれを予想することができる。なんと贅沢なことだろう。そして(ごくまれにではあるが)正鵠を射られれば、ご褒美をもらえることさえあるのだ。

 


『勝ち馬がわかる血統の教科書』池田書店
亀谷敬正/著

この記事を書いた人

吉村博光

-yoshimura-hiromitsu-

HONZレビュアー

出版取次トーハン就職後、海外事業部勤務。オンライン書店e-honの立ち上げに参加。その後、ほんをうえるプロジェクトの初期メンバーとなり、本屋さんの仕掛け販売や「AI書店員ミームさん」などの販促活動を企画した。一方でWeb書評やテレビ出演などで、多くの本を紹介してきた。50歳を機に退職し今は無職。2児の父で介護中。趣味は競馬と読書。そんな日常と地続きの本をご紹介していきたい。


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・HONZ http://honz.jp/search/author/

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