あの人の少女時代『緋の河』瀧井朝世

小説宝石 

『緋の河』新潮社
桜木紫乃/著

 

ああ、この作家はこの人のことが知りたかったのだな。そうしみじみ感じさせるのが、桜木紫乃の新作長篇『緋の河』だ。モデルとなったのは著者と同じく釧路(くしろ)の出身、タレントのカルーセル麻紀だ。

 

色白で可愛らしく、幼い頃から女の子言葉を使っていた秀男。父は兄ばかりかまい、母は優しいが控えめで父に従い、理解を示してくれたのは姉だけ。

 

学校でもからかわれるが、女子の親友や、無口だが守ってくれる男友達もおり、決して一人ぽっちではない。でも幼い弟が死んだ時にこれで母親がまた自分をかまってくれると思ってしまうような、寂しさを抱えていたヒデ坊。十五歳で家出してススキノのゲイボーイたちのバーで働くようになるが……。

 

家出したこと、その後東京へ出たことなどはご本人の経験そのままだが、家族構成や友人関係などはフィクションだという。多彩な登場人物たちを個性豊かに作り上げ、秀男だけでなく、それぞれの悲しさや弱さ、強さを丁寧に彫り上げていき、ページをめくる手を止めさせない。また、自伝やインタビュー記事で語られてきた、芸能界にデビューしてからの華やかな生活ではなく、自分がなりたい自分になるまでの時期にスポットを当てている点が特徴だ。

 

著者はこの人の、心の奥にある孤独や、それに立ち向かう強さを描きたかったのだと感じた。それはつまり、本人があまり語らずにきた部分。もちろん、本当のことは分からない。ただ、フィクションを作る中で、著者自身がその人の核の部分を知ろうと探っていくその真摯さが、充分読者にも伝わってくる。だからこそ、小説としての読み応えがあるのだ。

 

書き進めるうちに、著者はさらに秀男とその人生に魅せられていったのだろう。現在、当初は予定していなかった第二部を執筆しているという。

 

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『待ち遠しい』毎日新聞出版
柴崎友香/著

 

異なる世代とのご近所さんづきあい

大阪の街。三十九歳の春子は古く小さな離れの一軒家に住んでいる。大家が亡くなり、母屋に越してきたのはその娘のゆかり、六十三歳。また、すぐそばの大家の持ち家に暮らすのは、ゆかりの甥と、妻の沙希、二十五歳。世代も性格も異なる三人の女性がぎくしゃくと交流を深めていくご近所さん話。それぞれの価値観や人生観の齟齬(そご)を軽妙に描きつつ、分かり合えない人間と対峙することの難しさと面白さを読ませてくれる。終盤にはタイトルの意味がぐっとくる。

 

『緋の河』新潮社
桜木紫乃/著

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小説宝石

-syosetsuhouseki-

伝統のミステリーをはじめ、現代小説、時代小説、さらには官能小説まで、さまざまなジャンルの小説やエッセイをお届けしています。「本がすき。」のコーナーでは光文社の新刊を中心に、インタビュー、エッセイ、書評などを掲載。読書ガイドとしてもぜひお読みください。(※一部書評記事を、当サイトでも特別掲載いたします)

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