人間の心も癒やす、江戸の獣医『お江戸けもの医 毛玉堂』縄田一男

小説宝石 

『お江戸けもの医 毛玉堂』講談社
泉ゆたか/著

 

いまでいう動物病院。江戸の毛玉堂(けだまどう)を舞台に展開する、ちょっと嬉しくなるような一作だ。毛玉堂の住人は、かつては小石川養生所で評判の名医であったが、訳あって、けもの医となった凌雲(りよううん)と美津(みつ)の夫婦。これに加え、美津の幼馴染で実在の人物の、水茶屋の看板娘・笠森お仙、そのお仙がどこからか連れて来て、毛玉堂に押しつけてしまった、絵心のある少年・善次、そして、お仙の絵を描きたいと願う、これまた実在の人物、浮世絵師の鈴木春信らが主なレギュラーメンバーだ。

 

作品は五つの短篇で構成されているが、どの物語にも登場してくる動物に関する謎があり、その謎がとけたときに、人と動物との温かな絆が浮かび上がってくるという趣向である。善次が毛玉堂にやってきて、なぜ、幽霊が出るようになったのか。奥山の見世物小屋に出ていた数を数えられる馬は、なぜ、それができなくなってしまったのか。ミステリー的趣向が濃厚な、豪商の愛猫は、本当に嫉妬をして妻に牙をむくのか。春信の兎は、魔性の猫のせいで禿げるようになったのか。その猫は、どうして赤ん坊に小便をかけるようになったのか……。

 

そして、全篇を貫くストーリーとして、凌雲がなぜ、小石川養生所を去ったのか。ラストで明かされる善次の正体もある。

 

作者の文体は、あたかも、犬や猫の毛を撫でるが如くにやさしく、それが凌雲の人間観照と一体化している。たとえば、死期の迫った愛犬を安楽死させてくれと頼む老婆に彼が「もう楽になりたいのは、コタロウじゃなくてあんたのほうだな」というシーンなどはその好例といえよう。

 

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それにしても、私も飽きないものだ、とつくづく思わざるを得ない。

 

『お江戸けもの医 毛玉堂』講談社
泉ゆたか/著

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-syosetsuhouseki-

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