今こそ見習うべき「大人」の余裕 『蘇生版 水の上を歩く?酒場でジョーク10番勝負』

高井浩章 経済記者

『蘇生版 水の上を歩く?酒場でジョーク10番勝負』CCCメディアハウス
開高健、島地勝彦/著

 

 

この、文豪・開高健と週刊プレイボーイの名物編集長だった島地勝彦氏のジョーク対談は、長年の私の愛読書だ。1989年のオリジナル版を四半世紀前に買い、それ以来、何度となく再読してきた。最近、復刻版が出ているのを知り、ぜひ、多くの人に知ってもらいたいと本欄でご紹介することにした。

 

2人がグラスを傾けながら世界中から仕込んだジョークを披露しあう対談形式の本書は、傑作ジョークの宝庫だ。1つだけ代表例を。

 

新入社員の新聞記者が、記事はできるだけ簡潔に書けとデスクに言われて、書いてきた。
「トム・スミス氏は、昨夜九時、自宅ガレージにて愛車の燃料タンクにガソリンがあるかどうかを調べるため、マッチをすってみた。あった。享年四十四歳」

 

全編この調子で、ジョーク集として見ても秀逸な一冊だ。やや下ネタが多いこと、冷戦やベトナム戦争などを題材にしたジョークが多いことなど、若い読者にはピンとこないジョークも少なくないかもしれないが、四十代以上の読者にはそれも懐かしさを誘うとなるだろう。

 

ジョークの面白さ以上に私にとって本書が魅力的なのは、合間に交わされる2人の男の会話が放つ「艶」だ。かなり際どい、今ならポリティカル・コレクトネスの観点からアウトとなりそうな話題が連発されるのだが、洗練された余裕のある大人だけが醸し出せる自信と自虐を帯びた深みのある会話に、読むたびに引きこまれる。

 

若い日の私は「こんな大人になりたい」と憧れ、いまは「こんな大人が少なくなった」と自分のことを棚にあげて嘆いている。本稿を書くために久しぶりに再読し、改めてその思いを深くした。

 

人生、あるいは人間の存在そのものが巨大なジョークのようなものだ、という諦念としたたかな視点が、全編にあふれている。日本の社会全体がどこか余裕をなくして幼稚化しているような現代にこそ、再評価されるべき一書だろう。

 

『蘇生版 水の上を歩く?酒場でジョーク10番勝負』CCCメディアハウス
開高健、島地勝彦/著

この記事を書いた人

高井浩章

-takai-hiroaki-

経済記者

1972年生まれ、愛知県出身。経済記者・デスクとして20年超の経験がある。2016年春から2年、ロンドンに駐在。現在は都内在住。三姉妹の父親で、デビュー作「おカネの教室」は、娘に向けて7年にわたって家庭内連載した小説を改稿したもの。趣味はLEGOとビリヤード。noteで「おカネの教室」の創作秘話や新潮社フォーサイトのマンガコラム連載を無料公開中。

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