砂まみれ、汗だらけ、命がけ。化石発掘の日々は驚きの連続!

吉村博光 HONZレビュアー

恐竜まみれ 発掘現場は今日も命がけ』新潮社
小林快次/著

 

 

妻と子供たちが、国立科学博物館の「恐竜博2019(※)」から帰ってきた。娘の手には可愛らしいぬいぐるみが握られている。今回の目玉は「デイノケイルス」と「むかわ竜」の全身復元骨格だ。そしてその発掘にたずさわったのが、ファルコン・アイ(はやぶさの眼)の異名をもつ本書の著者・小林快次である。

※「恐竜博2019」は、東京・上野の国立科学博物館で2019年10月14日(月・祝)まで開催中です。まだの方は、お急ぎください! ⇒くわしくはこちら

 

テレビにも度々出演されているので、著者の顔をご存知の方も多いだろう。これまで私は、その活躍を羨望の眼差しでみてきた。少年がそのまま大人になって、「好き」を仕事にしたような感じ。私の理想である。その笑顔を見るたびに、彼の名前は「快次(よしつぐ)」ではなく「快一」がしっくりくるナと、不届きにも思っていたくらいだ。

 

「好き」を仕事にすることは、素晴らしいことだ。私だって、本が好きだったから、この仕事についたのである。しかし今や会社員という属性を身にまとい、一部では「社畜」などと呼ばれている。いいのだ。それで、いいのだ。私は会社員として、「快一」いや「快次」氏の活動を、こうして応援できる立場にいることを誇りに思う。

 

会社員、学者、アーティスト・・・選び取らなかった互いの人生を怨嗟することなく、越境して応援しあうことができたら、世の中はもっと楽しいのに!私は会社員でありながら、フリーランスの方々とのつながりを大切にしてきた。その魅力を一人でも多くの方に知ってもらおうと動いてきた。でも、個人的なメリットが薄いため越境する同志が少ないのだ。化石発掘と似ているのかもしれない。

 

少し脱線してしまったが、本書は恐竜発掘に取り憑かれた学者が書いた大変スリリングな発掘記である。通常は見ることができない発掘の裏側を、流れるような筆致で活き活きと描写しているため、本が好きな方なら誰しもが満足できる本だ。ノンフィクションでありながら、まるで冒険小説を読んでいるようなのだ。

 

さらに、本書を読むと分かることがある。発掘現場は、我々の想像を超える困難があるということだ。「快一」と言ったことを私は恥じた。恐竜好きの6歳の息子に本書のエピソードを話したら「発掘はちょっと・・・」と尻込みした。己を知っているとも言えるが、私の頭には丸大ハムのCMが流れた。たくましく育ってほしい。私も、心からそう願う。

 

そうなのだ。その困難を乗り越えた「次」に「快」はあるのである。その喜びとはどんなものなのか。本書から引用する。

 

化石の発掘調査。じつは発掘というのは、恐竜研究の一部にすぎない。だが結論を言えば、恐竜研究の醍醐味はここにある。自分の足と手、目を使って発見をする、抜群の面白さだ。
これまでとは違う人々と関わり、思ってもみない風景のなかへ踏み出せば、何かが見つかる。ひとつ見つかれば、そこから様々なことが分かってくる。この楽しさは尽きることがない。  ~本書「はじめに」より

 

本書に収録された10のエピソードでは、上記で引用した「人々との関わり」「風景」「発見」「楽しさ」を十分に堪能することができる。第1章は、ペロー自然科学博物館のトニー・フィオリロ博士と二人の学生とのアラスカ発掘行だ。目的地は、グリズリーがいるアニアクチャック。そこまでは、フロート水上機で行く。

 

搭乗の際に「落ちないように祈りなさい。落ちた場合は、グッドラック」という内容の安全説明を、巨大なクマのような操縦士から受ける。やがて、目的地近くに着水すると、冷めたい水に濡れながら、陸地まで重い荷物を背負って何度も往復もしなければならない。本書に書かれた、操縦士との一連のやりとりが実にエキサイティングだった。

 

そして、ただでさえ危険な土地で、同行した未熟な学生たちがトラブルの種をまいた。食べ残しの魚の骨を、海までいかずに近くの川に捨て、それが流れずにひっかかっていたのだ。翌朝、その匂いを嗅ぎつけて2頭のグリズリーがやってきた。危機一髪、迎えに来た水上機に救われたが、まさに死と隣り合わせ。ハラハラさせられた。

 

第1章から第10章まで。そこにはもちろん、モンゴルでの「デイノケイルス」や北海道での「むかわ竜」に関するエピソードもある。なんて楽しいのだ。生き直すなら、恐竜研究者になりたい!と一度思ってみたものの、すぐにグリズリーが目の前をチラついた。息子よ、たくましく育たなかった父を、許してくれ。

 

『恐竜まみれ 発掘現場は今日も命がけ』新潮社
小林快次/著

この記事を書いた人

吉村博光

-yoshimura-hiromitsu-

HONZレビュアー

出版取次トーハン就職後、海外事業部勤務。オンライン書店e-honの立ち上げに参加。その後、ほんをうえるプロジェクトの初期メンバーとなり、本屋さんの仕掛け販売や「AI書店員ミームさん」などの販促活動を企画した。一方でWeb書評やテレビ出演などで、多くの本を紹介してきた。50歳を機に退職し今は無職。2児の父で介護中。趣味は競馬と読書。そんな日常と地続きの本をご紹介していきたい。


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