人生の最後に食べたいおやつは何ですか? 瀬戸内のホスピスで最期の日々を過ごす

横田かおり 本の森セルバBRANCH岡山店

『ライオンのおやつ』ポプラ社
小川糸/著

 

 

海野雫、享年33歳。

 

あぁ、この主人公はわたしと同い年なのだ。そのことに、こころの中にちいさな石がコツンと投げ込まれたような気持ちになる。

 

わたしにとって「死」は、まだまだ身近に感じる存在ではない。

 

これから進む道の先に、ぼんやりと灯っているもの。避けては通れないけれど、実態のつかめないもの。それが今のわたしにとっての死のイメージ。そんなイメージしかわかないことは、のんきで、愚かで、しあわせなことだ。

 

わたしと雫は、物語の外と中にいる。でも、もし二人の人生が交差していたらと思う。もし、わたしが雫と同じ境遇に立たされたらと想像する。

 

ステージIVのがん。子宮をとり、抗がん剤治療も受けた。しかし、体はもとに戻ることはなかった。桜が咲く頃、私は死ぬ。余命宣告を受けた雫が選んだのは、瀬戸内海に浮かぶ、ちいさな島にあるホスピス「ライオンの家」で最期を迎えるということだった。

 

雫は子どもの頃から「いい子」だった。幼くして両親を不慮の事故で亡くし、母の双子の弟が幼い雫を引き取ることになった。雫と父との、いびつで、必死で、愛情にみちた二人暮らしは、父の結婚によって解消された。三人で暮らすということが、どうしてもできないと思った雫は、16歳のとき一人で暮らすことを選んだ。

 

それに、本当はクリスマスプレゼントに「妹」が欲しかった。でも、それは言ってはいけないことだと感じていた。

 

「いぬがほしいです」毎年、動物のぬいぐるみが枕元に置かれるようになった。

 

育ててもらっているという気負いがあったのかもしれない。自分の本当の気持ちを胸にそっと秘めてしまうような子どもだった。

 

けれど、もうこの世を去るのだ。いい子でいる必要なんて、なくなってしまった。

 

雫がスーツケースにつめこんだのは、クリスマスに贈られたぬいぐるみ。旅立つ時に身に纏う、まだ一度も袖を通したことのないとっておきのワンピース。ウィッグと、たくさんのパジャマと、少しの日用品。別れのあいさつも済ませてきた。けれど、父には伝えないと決めた。やさしい父の、しあわせを願うがゆえだった。ほんの少しになった荷物と身ひとつで、雫は島にやってきた。

 

島で雫を待っていたのは、マドンナというメイド服を召した女性だった。これから、ライオンの家で雫のこころと体のケアにあたる女性だ。ライオンの家に決まりや規則はない。しいていうなら「自由にすること」が唯一の規則。この場所で名乗る名前、過ごす場所、過ごす時間、すべてを自分の意思で決めることができ、何より体調が最優先される。ここは病院でも、老人ホームでも、ましてや元気な人が集う場所でもないから。

 

ライオンの家では週に一度、特別な時間があった。日曜日の午後三時から、おやつの間で開かれる、おやつの時間だ。

 

最期を迎えるゲストがもう一度食べたいと願ったおやつと、そのおやつが特別になった思い出のエピソードを、みんなで味わう。

 

雫が初めて参加したおやつの時間では、台湾菓子の豆花がふるまわれた。リクエストしたのはタケオさんというおじいさん。子ども時代に台湾で生まれ、戦争が終わって日本に帰ってきた。貧しい暮らしの中、母がありあいのもので作ってくれたのが、台湾で食べた豆花だった。けれどタケオさんは豆花をただ眺めるばかりで、口に運ぶことはなかった。

 

夢を叶えるために訪れたパリで初めて口にしたカヌレ。辛い治療の合間に食べたいと願ったアップルパイ。内緒で食べた牡丹餅。別れた妻が見舞いにと持ってきてくれた大好物のレーズンサンド。

 

雫が最後に食べたいと願ったおやつは、父への誕生日プレゼントに、初めてひとりで作ったミルクレープだった。生クリームと、冷蔵庫にあった様々な種類のジャムをありったけ使い、生地の合間に織り交ぜた。とても、おいしかった。なにより、父が喜んでくれたことが嬉しかった。しかし、雫はこのおやつを、もう口にすることができなかった。

 

でも、こころの底で願っていたことと、思っていないような奇跡が起こった。父と、はじめて会う「妹」が会いに来てくれたのだ。それだけじゃない。生と死の狭間をさまよう間、ライオンの家を旅立っていった人たちが会いに来てくれた。若いころのままの、実の母親も会いに来てくれた。みんなが、雫の最期を見守っていた。

 

最期の場所で出会った人。先にこの世界を旅立っていった人。死の間際までわたしたちは出会いと別れを繰り返す。それは、悲しいことなんかじゃない。旅立つ人は残されたひとのこころの中で、きっと光り続ける。たましいとなった存在は光となり、もうどんな場所にだって飛んでいける。そうやって、わたしたちは、引継ぎ、手渡し、続いていくのだろう。

 

死への恐怖はなくならない。けれど、わたしはその時を、今では自分のこころと体で味わいたいと思う。それに、死を目の前にしたとき、時間も時空も飛び越えることができたなら、会いたい人に会いにいける。
もし、雫に会えたなら、わたしはこんな言葉を伝えよう。

 

「しーちゃん、あなたと話したかった」

 

『ライオンのおやつ』ポプラ社
小川糸/著

この記事を書いた人

横田かおり

-yokota-kaori-

本の森セルバBRANCH岡山店

1986年、岡山県生まれ。担当は文芸書、児童書、学習参考書。 本を開けば人々の声が聞こえる。知らない世界を垣間見れる。 本は友だち。人生の伴走者。 本がこの世界にあって、ほんとうによかった。

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