リアリティあふれる岡山弁が忘れられない、加藤シゲアキ初のエッセイ集『できることならスティードで』

横田かおり 本の森セルバBRANCH岡山店

『できることならスティードで』朝日新聞出版
加藤シゲアキ/著

 

 

自分の心の中を言葉にするという行為はひどく勇気のいることだ。それは、私の中の一番深い場所や純粋な部分を世界にさらけだすのと同じことだから。
受け入れてもらえたら嬉しいし、分かり合えたら幸せ。でも、そうとばかりはいかないことも知っている。私の一番大切にしている場所を受け入れてもらえなかったら。理解できないとそっぽを向かれたら。言葉を差し出した相手を大切な人だと思っているほど、傷は深く大きなものになる。それでもやめられないのは、言葉にすることでしかたどり着けない奇跡の場所を見てみたいと思っているからなのだろう。

 

『できることならスティードで』は加藤シゲアキさんの初となるエッセイ集で、彼が日々を通じて見た景色、感じた想いを14篇からなる「旅」をテーマに綴っている。また、エッセイの合間には、旅の香りを纏いながらも新しい物語を予感させる短篇も収録されている。

 

キューバ、ブラジル、ニューヨーク、スリランカ、パリなどの海外を訪れる章では、その土地の香りや温度、そこで生きる人々の息遣いをまるで自分がその場所にいるかのように感じられた気がした。訪れたことのない場所へ、五感をフル活動させ言葉を道しるべにしてずんずん進んでいく。さながら、脳内トリップ。「真実の姿」は、実際にその地を訪れたときに感じればいい。だから、今は脳内に広がる景色を心ゆくまで楽しむことに専念する。

 

国内を舞台にした章では、自身の思い出の場所、縁ある人と過ごした時間や、導かれるように訪れた場所を通して、彼が世界をどのように見ているのかを伺い知ることができるような気がする。スポットライトを浴びる華やかな姿や、作家として彼の紡ぐ言葉や物語、私たちが知りえる彼はほんの一部だ。それでも、彼の世界を見つめるまなざしや、自身の内側から零れおちた言葉に思わずはっとさせられる瞬間があった。

 

私が一番心を動かされたのは、trip4の「岡山」の章だった。祖父と過ごした幼少時代の思い出の地が岡山で、家族間の会話ではリアリティあふれる岡山弁が出てくる。そうそう、岡山弁って文字に起こすと、より一層きつい言葉になるんよな、と思いながらも顔が綻ぶ。

 

祖父は血気盛んで「おかしい」と感じることがあれば、市役所にも怒鳴り込みに行くような人だった。真面目で、正義感あふれる熱い祖父。自分にだけはなぜかやさしかったが、彼自身はどうしても好きになれなかった。誰よりも元気だった祖父に認知症の症状が表れはじめ、彼のことを「歌って踊る」孫と、「書く」孫、二人いると認識するようになったが、読書家だった祖父は「書く」孫の方が好きだった。

 

最後に会った時、祖父は彼に向かって「どちらさまですか?」と尋ねた。元気だったころの面影はもはやなく、記憶も曖昧になっていた。しかし、長年連れ添った祖母の姿を見ると、満面の笑みを浮かべた。それからしばらくして祖父が亡くなったとき、多忙な彼はお葬式にも参列できず、この日が祖父と過ごした最後の時間となった。

 

家族の思い出を振り返るとき、父から語られる祖父のエピソードには、生前は知りえなかった祖父の素晴らしい姿が散りばめられていた。大切な人だった、偉大な人だったのだと、もう会えなくなってから気づくことはとても多い。あの時、知っていたらと後悔することも多々あるだろう。でも「知れた」ことは思い出に明るい光を添え、これからはその光とともに生きていける。

 

また驚くことに、彼の思い出の地として語られる場所は、かつて私も家族と暮らしていた街だった。自然豊かで、良くも悪くもなにもないところ。友人と遊びに行くときは、電車に乗って違う街まで行ってたっけ。けれど、いつも大いなる自然に見守られているような、おだやかでゆったりした時間の流れる大好きな街だった。ページをめくるたび、懐かしい景色や、過ごした日々が走馬灯のように駆け巡り、目には涙が滲んだ。あの街で暮らしていた日々にはもう戻れないけれど、幸せな時間だったと思えるようになっていることに、救われるような思いがした。まさか、この本を通じて故郷を思い出し、過去の思い出まで邂逅することになるとは思っていなかったけれど、これもまた本がもたらしてくれた「出会い」なのだった。

 

本を読みながら思いを馳せる。訪れたことのない場所にはどんな人々が住み、どんな景色が広がっているのだろう。同じ景色を見ていたのなら、どんなところに共感が生まれていたのだろう。言葉を通じて見える景色や感情。それは書き手の感情を想像することでもあるし、言葉によって反応した自分自身の心を見つめることだ。

 

私は、ただ知りたい。世界のあらゆる側面を、私の知らない景色や色彩を。そしてその世界について語り合いたい。それによって生まれるあたらしい言葉を、この目で確かめたい。

 

慣れ親しんだ場所を再び訪れるとき、まだ見ぬ世界へ旅立つとき、この本とともに飛び込めたらどんなに頼もしいだろう。
言葉は、大きな翼となって、私をはるか彼方まで誘ってくれる。

 

『できることならスティードで』朝日新聞出版
加藤シゲアキ/著

この記事を書いた人

横田かおり

-yokota-kaori-

本の森セルバBRANCH岡山店

1986年、岡山県生まれ。担当は文芸書、児童書、学習参考書。 本を開けば人々の声が聞こえる。知らない世界を垣間見れる。 本は友だち。人生の伴走者。 本がこの世界にあって、ほんとうによかった。

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