この世界には、私たちを長い間見守り続ける”魔女”がいる

横田かおり 本の森セルバBRANCH岡山店

『魔女たちは眠りを守る』KADOKAWA
村山早紀/著

 

 

この物語の主人公はうら若き魔女、七竈・マリー・七瀬。でも、七瀬(いささか長い名なので、彼女のことは七瀬と呼ばせてもらおう)の年齢は、実は齢百七十歳を超えている。魔女の寿命は長く、ある一定の年齢を過ぎると年をとるのがゆっくりになる。10代か20代に見えるくらい若々しい七瀬は、魔女界ではまだまだ若者なのだ。

 

七瀬は赤く長いくせっ毛を風になびかせながら、久しぶりにここ、三日月町に帰ってきた。目的地は古い港町の裏にある三日月通り、魔女たちが暮らす「魔女の家」。電車の中でぬいぐるみだった黒猫はいまや本物の猫に姿を変え、七瀬とともに歩を進めている。それに、七瀬が再びこの街を訪れたのは、会いたいひとが暮らす街でもあったからだった。

 

平田叶絵は街の書店で働く書店員。本が大好きで、時には本を杖のようにし、物語に支えられ助けられ…本とともに生きてきた。だから、本とともに働ける書店という場所で働くようになったのはごく自然なことだった。けれど、自らが働く書店の現状、業界全体に立ち込める暗雲は、叶絵に重くのしかかる。特段何かがあったわけではない。けれど…疲れてしまった。重い体を引きずるようにして帰る道すがら、ふと暗いものにこころが支配される。黒い水面、ここは何もかも忘れられる場所に通じている。そんな事を思ううち、水に引きずり込まれそうになった叶絵の背中に、あたたかな手が触れた気がした。そう、たしか叶絵が高校生の頃にも似たような出来事があった。その時もこんな風に、あたたかく小さな手が叶絵を救ってくれたのだった。

 

長くて赤毛の髪を召した、無口な転校生だった。誰とも言葉を交わさず、桜の木に寄り添い散る花びらをたった一人で眺めていた姿に、叶絵はたまらない気持ちになった。叶絵は、転校生だった七瀬に強引に話しかけ、図書館でいろんな本を薦めるようになった。本の中にはこんなにも豊かな世界があって、ひとびとの声が聴こえる。本の力を知る叶絵だからこその寄り添い方だった。今まで本を読んだことのないと言った彼女は叶絵の勧めた本を読み、おもしろいと言ってくれた。彼女は、魔女のお話がとりわけ好きで――
ふたりは本を通じてこころを交わしあうようになっていた。

 

しばらくして、図書館でふたりは秘密を分かち合った。七瀬は魔女で、世界各地を転々と旅をしている。この場所にはこんなに長くいるつもりじゃなかったのだけど、あなたに出会ってしまったから。叶絵と過ごした時間が楽しくて離れがたくなってしまった。魔女の寿命はうんと長い。長い年月のあいだにあなたはわたしのことを忘れてしまうかもしれない。でも、あなたはわたしの話を信じ、わたしを忘れないと言ってくれた。わたしともう一度会いたいと言ってくれたからーわたしはきっと、この街に戻ってくる。

 

家族との諍いの後、家を飛び出したその夜。闇に引き込まれるように水の中に落ちてしまった叶絵を、強くてあたたかな白い手と、やさしい言葉で叶絵を引っ張り上げ、夢のような景色を見せてくれたひとがいた。もちろん、それは七瀬だった。

 

彼女と過ごした大切な時間の数々を叶絵は忘れていたけれど、あの時ふたりで過ごした時が七瀬を再びこの地に舞い戻らせ、叶絵の人生をひそかに支えていたことを知る。七瀬と過ごした夢みたいな時間は本物だった。魔女ニコラの作ったとびっきりのココアを飲みながら思い出す記憶は、星がまたたくように輝きだす。

 

物語に登場するのは、七瀬が長い長い人生において出会い別れてきたひとたち。
いまを懸命に生きる友も。ひとのために命を捧げた偉大な魔女も。少女時代に魔女と交流していたやさしき老女も。大人になることができなかった少年も。悲しき戦争で命を奪われたひとびとも。神を信じながらつつましく暮らし、奇跡を願っていたひとびとも。
魔女たちは眠らない。魔女の使命は「ひとの子の眠りを守ること」だから。わたしたちが、心安らかに眠れるように。夢を、光輝く夢を、見続けられるように。

 

わたしたちは、いつも大いなる存在に守られているちいさな存在だ。個々が見る夢も、歩む道のりも、魔女にとってはほんの一瞬でつかの間の出来事だけれど。でも、わたしたちひとりひとりが夢や希望を抱くことは、無駄なことでは決してない。ひとりひとりの夢が重なり合って大きなうねりとなったとき、世界を変える大きな力が生まれる。わたしたちが強く願い、祈りを捧げるならば、それは必ずかたちとなる。ちいさな祈りがあつまって大きな祈りになったとき、世界中に響きわたる音色が奏でられる。

 

わたしたちの歩む過去現在、未来だって、見守ってくれている存在がある。風がやわらかく頬を撫でるとき。鳥のさえずりに耳をかたむけるとき。世界の美しさに触れ、胸いっぱいに広がる愛を感じるとき。そんなとき、魔女たちはわたしたちのすぐそばにいて、善き行いも、悪しき行いですら裁くことなく、すべてを受け入れ見守ってくれている。

 

この本が証明だから。この世界に魔女がいることの。この本から聴こえるから。わたしたちみなが尊い存在なのだと。

 

こころに魔法の光が灯る。あたたかな光を纏いながらあたりを照らす懐かしい光だ。
私はこの光をこころに灯し続けることをいまここに誓おう。
魔女たちのやさしき眼差しに見守られていることを感じる、春の夜に。

 

『魔女たちは眠りを守る』KADOKAWA
村山早紀/著

この記事を書いた人

横田かおり

-yokota-kaori-

本の森セルバBRANCH岡山店

1986年、岡山県生まれ。担当は文芸書、児童書、学習参考書。 本を開けば人々の声が聞こえる。知らない世界を垣間見れる。 本は友だち。人生の伴走者。 本がこの世界にあって、ほんとうによかった。

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