八編すべてを長編で読みたい! 産地直送の『女神のサラダ』は悩める僕らのごちそうだ!!

内田 剛 ブックジャーナリスト

『女神のサラダ』光文社
瀧羽麻子/箸

 

 

2007年『うさぎパン』でデビューしてからずっと追いかけていたが、瀧羽麻子の醸し出す透明な空気感が好きだ。決して揺るがない品性もあるし読者の気持ちを前向きにさせる読みごたえもまた素晴らしい。これらの長所は後天的なものではなくこの作家が持って生まれた才能と呼ぶべきものであろう。

 

順調に代表作を世に送り出し続けてきたが、ここ最近の活躍は充実感があって実りの時期という勢いも感じられる。とりわけ2018年『ありえないほどうるさいオルゴール店』と2019年『虹にすわる』がとてもいい。前者は小樽のオルゴール店が舞台で聞こえない音を感じとらせてくれる繊細な一冊で、後者は海辺の街での椅子職人の男の友情とプライドが溢れ出た物語で、その共通項は舞台設定の良さと職人の志がヒシヒシと伝わってくる点である。2020年に刊行されたこの『女神のサラダ』もその系譜にあり、また瀧羽麻子のセンスを存分に味わえる、彼女らしさ全開の物語なのだ。

 

『女神のサラダ』は八つの物語から構成されている。まさに生きることは食べることを体感させてくれる栄養素満載の一冊だ。野菜や果物の産地を巡りながら居ながらにして全国を旅できるのだが、重要なテーマは八人の農業女子の奮闘。慣れない仕事、女性への偏見、不便な地方、将来の不安など、様々な悩みを抱えた彼女たちがいかにもがきながら希望を見出していくのか、その過程があまりにも清々しくて心に溜まった澱をすっかり洗い流してくれるのだ。出来たての野菜をその場でかじった瑞々しさがここにある。

 

読みどころ、名シーン、名ゼリフもたくさんで何度もじんわりとさせられた。里山などの風景の描写と登場人物たちの感情の機微が絶妙にリンクして見事と唸らされる。八編それぞれ著者の優しい眼差しに基づいた綿密な取材力の成果が存分に感じられ、すべての物語の舞台に行ってみたくなる。聖地巡りをしながらその土地の名産も口にしたくなる。その楽しみを与えてくれるのも作品の大きな魅力のひとつだろう。

 

八編すべて長編になり得るような題材で漏らさずここに紹介したいところではあるが冒頭の一編を取り上げてみたい。掌編タイトルは「夜明けのレタス 群馬県昭和村・高樹農場」だ。導入は情景の描写から始まる。

 

「くろぐろと深い闇の中に、大小の白い光がぽつりぽつりとともっている。」

 

まだ肌寒い五月の夜明け前の高原。畑の傍に停められたトラックと畑で働く作業員たちのヘッドライトの灯火が交錯するシーンだ。この闇の中から見える光はまさに『女神のサラダ』という物語の象徴でもある。ここから人生の光ともいえる希望を見つける旅路が始まる。主人公の中村沙帆は東京で七年間SEの仕事をしていたが限界を感じて退職。両親の期待を裏切ってしまった後ろめたさを感じながらハローワークの紹介で高樹農場へとやって来る。何もかもが初体験。もともと不器用な性格でもどかしい日々を送るが、まったく違った環境の中で新たな自分を見つけ出して行く。まずは高樹農場の朝礼が一般企業とは大違い。業務連絡とラジオ体操にあとに一列に並んで肩をもみあう。お互いの苦労が手のひらを通じてじかに伝わってくる。終礼のあとには全員が「今日うれしかったこと」を発表。なんでもないような毎日にもささやかな喜びが必ずある。読んでいてこういうくだりに思わず胸がジーンとしてしまう。またこの社長がほんとうにいい人で泣かせる。農業という仕事は、天気に左右されて不安定だし肉体的にもきつい。だけどそれ以上のやりがいがあると気づかせてくれるのだ。農業にとって財産は土地と人間。自然との共生から豊かな実りを得るという考え方は本当にいまの世界にも必要だ。そして社長は沙帆に強い意志を持って生きることの大切さを優しくも厳しく諭す。

 

「あなたを助けようとして雇ったわけではない。
あなたに助けてほしいから、雇っているのです。」

 

なんだか自分もこの高樹農場の社長にひとりの人間としての生き様を教わったような気がする。何のために仕事をするのかも。締めくくりに登場する「うれしい」のオンパレードには鳥肌が立つような思いがし、熱いものがこみ上げるのを抑えきれなかった。日常のどんな瞬間もうれしいがあると気づいた沙帆は一番の喜びを見つけたのだ。

 

「ここで必要とされているのが、うれしい。」

 

さり気なく伝わってくる人生の真理。短い物語から溢れんばかりに伝わってくるメッセージの数々。この一編だけでも人生を震わすような感動があった。もちろん他の七編も珠玉の逸品。それぞれの作品から見られる絶景を思う存分に味わってもらいたい。

 

『女神のサラダ』光文社
瀧羽 麻子/著

この記事を書いた人

内田 剛

-uchida-takeshi-

ブックジャーナリスト

1969年生まれ。約30年の書店員勤務を経て2020年よりフリーに。 文芸書ジャンルを中心に各種媒体でのレビューや学校図書館などで講演やPOPワークショップを実施。NPO本屋大賞実行委員会理事で設立メンバーのひとり。POP作成を趣味として書いたPOPは4000枚以上。著書に『POP王の本!』(新風舎/絶版)がある。

関連記事

この記事が気に入ったら
いいね!しよう

最新情報をお届けします

Twitterで「本がすき」を