困難な旅にいつしか希望の光が…この本はまさに、今読まれるべき人生の物語

藤代冥砂 写真家・作家

『西への出口』新潮社
モーシン・ハミッド/著 藤井光/訳

 

タイトル買い、をたまにする。

 

「西への出口(原題exit east)」という気負いのない、文学臭の希薄なタイトル。そして著者は、パキスタンとインドの国境の街ラホール生まれで、ロンドン、ニューヨークを行き来しながら暮らしている、らしい。裏カバーに記された粗筋には、戦火の街で恋に落ちた若い男女は、自由への「扉」を探し求める、とある。もうこれだけで、スイッチが入った。

 

とはいえ、恋愛小説を読むためというよりも、戦火の街でのあれこれを、若い人たちの目を通して体験したかったというのが、スイッチオンの理由だと思う。
なぜ?と聞かれても、うまく答えられない。西にある出口へと主人公らと共に向かいたい。ただそれだけ。理由を作るならそういうことだろう。

 

読後の印象の半分は、意外なものを読んだ驚きに占められている。なんとなく、レジスタンス、バイオレンス、ラブ、冒険、涙、運命、を予想していただけに、無駄な装飾や舞台説明を極力省いた、機能的なスタイルは、ミニマルとかとは違う意味で、スタイリッシュであり、とはいっても、お洒落ではなくて、手に馴染む美しいドイツ製のペンのようだ。

 

最初の舞台は中東のどこかの街であるが、地名はない。だが、次の舞台は、ギリシアであり、さらにロンドンへ、カリフォルニアへと西へ西へと転々とする。匿名と実名が混在する土地の登場は、この物語を象徴しているかもしれない。

 

ノンフィクションとファンタジーが入れ替わりながら、進む物語に、いつしか彼らの困難な旅が、希望の光を灯し始めていることに気づく。その希望とは、この物語内に限定されたものではなくて、ページから越境して、こちらの現在へと乗り込み、この世界の不安定な未来へのトーチライトのようにも思えてくる。

 

私たちが間違いなく迎えてしまう混乱した未来の中で、新しい世界を望む者たちは、どんなふうに生きていけるのかを見せてくれている。この本もまさに、今読まれるべきなのかもしれない。

 

この物語では、西への出口が、まじかよ、という現れ方をする。その非現実性は、裏返ったリアルであり、その扉を開けるか開けないかは、それぞれの意志だけに左右される。

 

私は、その時が来たら、西への出口を使って、新しい世界へと旅立てるのだろうか。答えはすでにある。ただ、一人ではその出口を越えないだろう。誰かの手をとって、もしくは誰かに手をとられて、西への出口へ入ろうと思う。

 

考えてみれば、人という種族は、かつて旅する民であった。生まれながらの越境者であり、人類の歴史をみればわかるが、定住といのは、つい最近のことだ。

 

出口を開けておく。これはとても自然なことだと思う。そこは避難ルートとして使うこともあるだろうが、その出口はきっと希望とも読まれることだろう。

 

『西への出口』新潮社
モーシン・ハミッド/著 藤井光/訳

この記事を書いた人

藤代冥砂

-fujishiro-meisa-

写真家・作家

90年代から写真家としてのキャリアをスタートさせ、以後エディトリアル、コマーシャル、アートの分野を中心として活動。主な写真集として、2年間のバックパッカー時代の世界一周旅行記『ライドライドライド』、家族との日常を綴った愛しさと切なさに満ちた『もう家に帰ろう』、南米女性を現地で30人撮り下ろした太陽の輝きを感じさせる『肉』、沖縄の神々しい光と色をスピリチュアルに切り取った『あおあお』、高層ホテルの一室にヌードで佇む女性52人を撮った都市論的な,試みでもある『sketches of tokyo』、山岳写真とヌードを対比させる構成が新奇な『山と肌』など、一昨ごとに変わる表現法をスタイルとし、それによって写真を超えていこうとする試みは、アンチスタイルな全体写真家としてユニークな位置にいる。また小説家としても知られ著作に『誰も死なない恋愛小説』『ドライブ』がある。第34回講談社出版文化賞写真賞受賞

関連記事

この記事が気に入ったら
いいね!しよう

最新情報をお届けします

Twitterで「本がすき」を