「鐘が鳴りますキンコンカン」 朝ドラ「エール」古関裕而も登場する、ラジオドラマを描いた名作

山本机久美 柳正堂書店甲府昭和イトーヨーカドー店

『鐘を鳴らす子供たち』小峰書店
古内一絵/著

 

 

♪緑の丘の赤い屋根〜
とんがり帽子の時計台
鐘が鳴りますキンコンカン
メイメイ小山羊も啼いてます

 

この歌に聴き覚えがある人〜?

 

リアルタイムで知ってますよ、というあなた。この作品はドンピシャ! 読むべし!!
そして、ほんのり聴いたことあるかも? というあなた。読めばピンと来るかもしれないので、ぜひ読んでほしい!(のっけから暑苦しくてすみません)

 

そういう私はというと……、

 

「鐘が鳴りますキンコンカン」のフレーズをどこかで聞いたことがあるような気がするんだよなぁ……と思いながらも、それをいつどこで耳にしたのかさっぱりわからないままゲラを読んでいた。
いつもゲラ読みの際に版元さんがつけてくれている内容紹介には一切目を通さず、何の事前情報も入れずに作品と向き合いたいタイプなので、どんな話なのかは読むまでわからない。(それなのに自分は本の紹介のようなことをしているのだから矛盾しているが、まあそれはそれということで。)

 

そして読み進めるうちに、それこそフッと幼い頃の記憶がよみがえってきて、気づいたら鼻歌をうたっている自分に驚いた。

 

私は「第二次ベビーブーム」といわれる世代の生まれで、母は戦後、「第一次ベビーブーム」といわれた世代の生まれ。
この『鐘を鳴らす子供たち』は、敗戦後の混乱期の日本が舞台。
きっとこの作品、母が読んだら楽しめるだろうなぁと、発売されてすぐ、古内先生に作っていただいたサイン本を母にプレゼントしたことは言うまでもない。(その後、本書を読んだ母はとても感激し、古内先生に宛てて感想文を送っておりました。この母にしてこの子あり(笑))

 

母方の祖父は、戦争というものを戦地で体験し、生き延びて還ってきた日本人のうちの一人だった。

 

祖父の戦争帰還後に誕生した母は、祖父に大層かわいがられたそうだ。
しかし祖父は身体が弱くなっており、働くことも困難でその後の母たちの生活は大変だったと聞く。
歳の離れた母の姉兄たちの中で、下の姉(伯母)は祖父が戦地に行ってから生まれ、物心ついた頃には家族の中に父親という存在はなく、帰還した父親のことを「あのおじさん、いつまでこの家にいるんだろう」と不思議に思い、なかなか懐かなかったらしい。
なんとも切ないエピソードだけれど、当時の日本には、そんな家庭も多かったのかもしれない。

 

祖父は私が小学一年生の頃に病気で他界したけれど、祖父の戦争体験は、母からだったのか祖父本人からだったのか、今となっては曖昧ではあるが、たくさん聞かせてもらった記憶がある。
その中でフッと思い出したのが、冒頭の歌だった。
そういえば私が幼い頃、母がよく口ずさんでいたのだ!

 

本書は敗戦後、混乱している昭和22年の日本で一大旋風を巻き起こしたNHKのラジオドラマ「鐘の鳴る丘」をモチーフとした物語である。
作中の菊井先生は劇作家の菊田一夫さん、古坂先生には作曲家の古関裕而さんが該当する。
ちょうど今年、2020年4月開始のNHK連続テレビ小説「エール」で窪田正孝さんが演じられている主人公は古関裕而さんがモデルということで、朝ドラファンの視聴者の方ならば本書はとても興味深く読んでいただけるはず。
(あいにく私はここ数年、朝ドラからは遠ざかってしまっているので、そちらに絡めて語ることができず残念だけれど。)

 

主人公は小学六年生の良仁(よっちゃん)。ある日、学校の先生から声をかけられ、ラジオドラマに出演することになった。
よっちゃんの他にもさまざまな境遇の子供たちが集まり、生放送でのラジオドラマを作り上げていく。

 

……と、あっさり書いてしまったが、生放送のラジオドラマが作られるまでには子供たちも大人たちもさまざまな葛藤があるのだ。演じる子供たち一人一人にもまたそれぞれにドラマがあり、とても魅力的に丁寧に描かれている。グッとくる読みどころなので、敢えてここでは触れずにおきたい。

 

「鐘の鳴る丘」は戦災孤児を励ます、というテーマのラジオドラマだ。彼らが毎週ラジオを通して放送するドラマは瞬く間に評判になり、ある時よっちゃんたちは戦災孤児が暮らしている施設「明日の家」に慰問に行くことになった。

 

しかし「慰問」の意味がわからないよっちゃんたちは、この施設で暮らす少年・光彦の発した言葉によって自分たちが演じてきた「鐘の鳴る丘」は綺麗事だと気づかされることになる。

 

食べるものにも、着るものにも、寝るところにも困るような過酷な状況の中で、必死に生きてきた「明日の家」の彼らにとって、ドラマで描かれているように幸せに物事は進まない。飢えや悲しみの中で、自分の気持ちを押し殺して共同生活を送っているのが現実なのだ。

 

この“綺麗事だけでは生きていけない”という現実を、著者の古内先生は容赦なく描き出す。本書に限らず古内先生の作品は、うまく言葉にできない心の内を見事にあぶり出し、そしてそれでもみんな「懸命に生きていく」というメッセージを感じられるところが、私はとても好きだ。

 

大人たちが起こした戦争によって教科書を塗りつぶされた子供たちは、敗戦によりガラリと変わった価値観の中で「新しい時代」を生きてゆかねばならない。理不尽な世の中。そんな中でも彼らはそれぞれに悩み、考え、仲間を思いやることを覚え、少しずつ成長していく。

 

大人たちもまた、戦争によって子供たちを翻弄してしまったことへの反省と後悔の中で、今日より明日がより良い世の中になっていきますように、との「祈り」を込めながら、子供たちと二人三脚で「鐘の鳴る丘」を作り上げていく様子は圧巻!

 

2020年、戦後75年。今では戦争を知らない人間たちがほとんどだ(私も含めて)。
そして世界は目に見えないウイルスに脅え、まさかの事態に陥っている今。
あの頃、よっちゃんたちが必死で生き抜いて築き上げてくれた平和な世の中を、明るい未来を、私たちも信じて力を合わせて生き抜いていきたいと切に願う。

 

♪昨日にまさる
今日よりも

あしたは
もっとしあわせに……

 

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『鐘を鳴らす子供たち』小峰書店
古内一絵/著

この記事を書いた人

山本机久美

-yamamoto-kikumi-

柳正堂書店甲府昭和イトーヨーカドー店

戦国武将・武田信玄のお膝元、甲斐国の書店員。珍名のため、「このひとの名前なんて読むんだろう?」という疑問から、あちらこちらでフルネームをインプットされがちな文芸・文庫担当。きくみ、といいます。はじめまして! 紙と鉛筆があればゴキゲンの幼少期を過ごし、小学4年生で江戸川乱歩に出会ってから本好きに。 絵も字も書く(描く)のが好きで、いつか役に立ったらいいなとOL時代に通信教育のPOP広告講座を受講。 自分の好きな本のPOPを作って飾り、その本が売れたら最高に楽しそう♪という思いから、主婦業・ママ業をこなしつつ本屋さんで働くことにしました。 手描きPOPが好き。勢いしかないコメントが特徴。無駄に暑苦しいのはそういう仕様ですのでご了承くださいませ。

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