時を越え、死を越えて言葉は受け継がれる。村上春樹最新作『一人称単数』

横田かおり 本の森セルバBRANCH岡山店

『一人称単数』文藝春秋
村上春樹/著

 

 

気づけば扉の前に立っていた。何の変哲もなく、ごく普通の形をした標準的な大きさの扉だ。数えてみるとちょうど八つ。月が印象的な夜だった。やがて扉は、月明かりの柔らかな光に照らされて、私に何かを訴えかけるように淡い光を放ちはじめる。ここでは、周囲の音や香りは感じられない。無音で無臭の空間。しかし、耳を澄ますとコトコトといつもとは違う音で鳴り響く私自身の心臓の音が聞こえてくる。かすかな違和感はやがて大きな確信に変わり、指先からじわじわと体温が奪われていく。もし、ここから逃げ出すことができたならと考えてみて、この扉の前に立った時点で全ての道が閉ざされているのだと静かに悟る。新たな世界の入り口として提示されている扉を開けることしか選択肢はない。コトコトと音を立てる心臓の音をどこか他人事のように感じながら扉に手を伸ばし、カチャリと音を立てドアノブが回る瞬間、私の瞳が捉えたのは「石のまくらに」という文字が刻まれた、案内板のような小さなプレートだった。

 

「僕」がこの物語で語るのは、幾分昔に出会ったある女性のことだ。当時の僕は19歳で、「彼女」の年齢ははっきりとは分からないけれど、20代の半ばくらいだったように思う。僕と彼女は同じアルバイト先で出会ったが、親しく言葉を交わしたことはなかった。彼女がアルバイト先を退職することになり、仲間たちと軽く飲みに行くことになった夜、僕と彼女は一夜を共に過ごすことになった。木枯らしの吹くその夜はとりわけ寒さが厳しく、彼女は電車に乗って一人帰宅することを嫌がった。

 

「ねえ、もしよかったら、今日きみのところに泊めてもらえないかな?」

 

狭くてみすぼらしいアパートで、僕と彼女は夜を過ごすことになった。ビールを飲んでしまった彼女がするすると服を脱いであっという間に布団に入っていき、僕も服を脱いで布団の中に入った。急に裸になり、不器用に身体を温めあう二人の間には、何か固くて重い不吉な予感のする「重し」が横たわっているようだった。やがて身体が温まり堅さがほぐれていったとき、彼女はこう口にした。

 

「ねえ、いっちゃうときに、ひょっとしてほかの男の人の名前を呼んじゃうかもしれないけど、それはかまわない?」

 

ほかの男の人の名前を呼ぶのはかまわなかった。彼女には名前を叫びだしたくなるほどの「好きな人」がいて、僕にもうまく関係を進められずにいたけれど「好きな人」がいた。名前なんてただの記号だとも思った。しかし、薄く脆い壁に囲まれたこの部屋では隣室に筒抜けになってしまう。僕はなるべくきれいでしっかりしたタオルを選び、彼女に渡した。試しにタオルを噛んでみた彼女の口元からは頑丈で立派な歯が見えた。実際、彼女は大きな声で「名前」を叫びだしそうになり、僕は彼女の口にタオルを押し込まなければならなかった。彼女が快感の絶頂で叫びだしたくなるほどの名前は、僕の記憶の片隅にも残っていない。でも、その時の彼女にとっては、どんな愛の言葉よりも彼女を昂らせ、目の前にいる僕以上に実態を伴った存在であり、価値のあるものだった。

 

遅い朝を迎えた二人は、昼の光の中で朝食をとった。部屋には彼女の歯形がくっきりとついたタオルが転がっていて、血色の良くない骨ばった小柄な女性の姿は、明るい光にそぐわない感じがした。まるで夜の間にすっかり失われ、夜と朝の狭間にぽつんと置き去りにされてしまったものがあるようだった。
そして、他愛もない会話を交わすうち、彼女は僕に秘密を打ち明けるように「短歌をつくっているの」と告げた。それは、おそらくごく一部の人にしか打ち明けておらず、世界の片隅でひっそり営まれる彼女の個人的な活動だった。昨夜、自分の腕の中で歓喜の声をあげていた女性がどのような歌をつくるのか――純粋に僕は興味があった。「聞きたい」と言うと、さすがに恥ずかしいから歌集を送るねと彼女は言った。僕の名前と住所を聞いた彼女は「泊めてくれてありがとう」と言って僕のアパートを去っていった。彼女のコートの襟にスズランの花のブローチがきらりと輝いたのを、僕はなぜだか忘れられなかった。スズランは、僕が昔から好きな花だった。

 

一週間後、思いがけず彼女から歌集が届いた。封筒には差出人の名前も住所もなく、『石のまくらに』というタイトルと「ちほ」という作者名と、28とナンバリングされた歌集には、白い紙の上に率直な黒い活字で、彼女のつくった短歌が並んでいた。僕は彼女のつくる短歌に文学的な期待を抱いていたわけではなかった。ただあの夜、僕の腕の中で声をあげタオルを噛み締めていた――陽の光の中で、小さく消えてしまいそうに見えた女性のつくる歌がどんなものなのかを知りたかっただけだった。
意外にも彼女のつくった短歌は、僕の心を揺さぶり、心を引き、心の奥に届く何かしらの要素を持ち合わせていた。そして、彼女の歌を目で追い声に出していると、僕の腕の中でなまめかしく動き叫び、圧倒的な命の光を放っていた彼女の姿をありありと思い出すことができた。そして、彼女の短歌は「死」の影を色濃く漂わせていた。とりわけ、彼女は自らの首を差し出し、それが切断されることを望んでいるように感じた。首を差し出す場所が、冷たい石まくらの上であってもなお。

 

僕と彼女はあの夜以来、会っていない。でも、僕は彼女の残した歌を今でも読み諳んじ、彼女が生きていて今も歌を詠んでいますようにと願っている。彼女の歌を浮かべるとき、彼女の鼻の脇に星座みたいに並んだほくろや、僕の腕の中にいた姿や「ちほ」という名前を思い出す。もう顔もよく覚えていないというのに。不確かなものの中にある完全さ。それは、彼女が生きていたしるしであり、僕の中に残っている確かなものだった。たとえそれが、他の人にとっては何の役にも立たず、意味を持たないものであっても。

 

言葉は、残る。それは先人から譲り受け、すでに使い古されたものにすぎないとしても、誰かと同じ色を纏い見分けがつかないものだとしても、私自身のかけらとして、あるいは私のかたちそのものとして。僕が彼女に出会ったこと。それはただの偶然でひと時の交わりでしかない。けれど、彼女の言葉は僕の心の空洞に、まるで特別に誂えたかのようにぴたりとはまり、その場所で今なお輝き躍動し、僕の心を内側から温めている。

 

扉の先には、こんな物語が広がっていた。この物語は、言葉は――時間をかけ私の心の深く暗い場所にまでたどり着き、やがて根を下ろし大きな葉を茂らせ、いつしか実を成すだろう。いつだって私はそのようにして、心に言葉を灯してきた。私にとって、とても意味のある、時には生きていく糧になる大切なことなのだ。そして、私が受け取った言葉を、いつか世界に表出させることができたなら、やはり受け取ってほしいと願う。受け継ぎ渡し、宿ること。それだけが、その人が「生きていた」証しになりうることであると思う。

 

『一人称単数』文藝春秋
村上春樹/著

この記事を書いた人

横田かおり

-yokota-kaori-

本の森セルバBRANCH岡山店

1986年、岡山県生まれ。担当は文芸書、児童書、学習参考書。 本を開けば人々の声が聞こえる。知らない世界を垣間見れる。 本は友だち。人生の伴走者。 本がこの世界にあって、ほんとうによかった。

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