戦争はまだ終わっていない。写真に映る人の中でも、その「記憶」を宿す人々の中でも

横田かおり 本の森セルバBRANCH岡山店

『AIとカラー化した写真でよみがえる戦前・戦争』光文社
渡邉英徳、庭田杏珠/著

 

 

風に乗って、たゆたうように雲が流れる。朝には太陽が昇り地上を光で照らし、夜には月が暗闇にほのかな明かりを添える。日々移ろいゆく空の下で、人々の営みが積み重ねられているのは今も昔も変わらない。
一葉のモノクロ写真。そこには戦争が始まる前の人々の日常があり、焼け野原になった街の姿があり、かけがえのない人々が生きていた証がある。そして、最新のAI技術とヒトの「記憶」によってカラー化された写真から生まれた対話が、より鮮明に記憶をよみがえらせる。この「記憶の解凍」によって、モノクロ写真の中で息を潜めていた人々にあらたな息吹が加えられる。今を生きる私たちの目の前にも、豊かに広がっていく世界がある。ここから、止まっていた時計の針が再び動き出す。

 

そもそもなぜ、モノクロ写真をカラー化する取り組みを始めたのか。カラー写真に慣れている私たちにとって、モノクロ写真は無機質で凍り付いた印象を与え、そのことが「私」から「戦争」を遠ざけ、自分ごととして考えるきっかけを奪っているのではと、東京大学大学院教授の渡邉英徳氏は考えた。渡邉氏は情報デザインとデジタルアーカイブによる「記憶の継承」の研究者でもある。
2016年から渡邉氏による写真のカラー化とSNS投稿が始まり、2017年から当時広島在住の高校生で、平和活動に積極的に取り組んでいた庭田杏珠氏が加わった。二人は共同研究者として、カラー化された写真をもとにした「対話」からの「事実」を掘り起こすとともに、より深く歴史を、記憶を紐解いていくという「記憶の解凍」プロジェクトを始めることになった。この活動に終わりはなく「永遠に終わらない旅」という記述もあったが、これは記憶や歴史へのあらたな、そして画期的なアプローチであるといっても過言ではないだろう。

 

AIによって色付けされた写真を、戦争体験者との対話やSNSのコメント、資料をもとに手作業で色補正を加えていく過程では思いもよらない出来事が起こることがある。たとえば認知症を患っている男性にカラー化された写真を見せると、当時ここにあったのはたんぽぽの花だったと言い、原爆で失った家族との思い出を語り始めたというエピソードがある。戦争が始まる前のにぎやかな家族団らんの写真でスイカを被っていた少年は「フラッシュが眩しかったからだ」と幼いころの思い出を語る。
変り果てた広島の街を見つめる男女が映った写真はSNSに投稿をしたことがきっかけで、あらたな事実を呼び起こしていった。写真の中の残った建物のひとつである旅館は飲食店となり現存していること。被爆した百貨店が街の復興を願いダンスホールとして営業を再開していたことから、二人はダンスホールに来たお客さんだったかもしれないということ。カラー化された写真に寄せられた人々の声が加わることで、より一層深みを増す事実があった。

 

しかしもちろん、戦争に向かう最中、街が変り果て、たくさんの人々の命が奪われていった戦中・戦後における写真のカラー化は、楽しくしあわせだった記憶を呼び起こすだけのものではない。特攻戦機の先端で、鈍く光るミサイルの不気味さ。この一撃は、どれだけの人の命を奪ったのだろう。広島に落とされた原爆から発生したきのこ雲は禍々しく、空に向かってさらに触手を伸ばしている。玉音放送を聴き、目頭を押さえながら座り込む人々の姿。グアムの収容所で玉音放送を聴きながら項垂れ、泣いている日本軍の捕虜。終戦直後の、あばら骨の浮き出た日本兵の空虚な瞳。
写真からは、今でも止むことのない嗚咽や、言葉にならない悲しみがあふれている。計り知れない絶望は終わることなく、続いているのだと感じる。写真の中にいる人々の中でも、その「記憶」を宿す人々の中でも、戦争はまだ終わっていない。人々の心に影を落とし、そして深い深い場所に今でも鋭い刃を突きつけているのが、戦争の本当の恐ろしさなのだと知る。

 

 

カラー化された写真を見つめるうちに、やがて私自身が写真の中に入り込んだような錯覚に陥っていく。ありふれた日常の中には、かけがえのないしあわせがあった。家族とともに暮らせる毎日は尊いものだった。大切な人の亡骸にも会えず、それでも「生きなければならない」と前を向いて歩いていった人々の強さ。そして、どんなに過酷な状況の中にあっても、笑顔の写真があることに心は大きく揺さぶられる。
一葉一葉の写真の中に、命を宿していた人々の存在があり、泣いたり絶望したり、笑ったりしあわせを感じた瞬間がある。そこには、今を生きる私たちと何ら変わることのない「ひと」が生きることの困難さと儚さ、そして尊さがありありと映し出されている。
奪われるべきでない命がたくさん奪われた。もっと生きて、たくさんの景色を見てほしかった。どこにも届かない願いとともに、決して触れ合うことはない、けれど私の命ともきっと繋がっているだろう“命”を想う。

 

脈々と続く歴史と命。いつだって私たちは過去を背負い、今という瞬間を積み重ねながら生涯を終えていく儚い存在だ。けれど、どんな状況に置かれていても、人のもつ強さは変わらない。
写真の中で生きていた人々の瞳の中に、その強い光を垣間見る。そして、私の瞳にもその光は宿っているのだと強く感じる。それが、本書と出会った意味であり、希望にもなりえることであると思う。

 

『AIとカラー化した写真でよみがえる戦前・戦争』光文社
渡邉英徳、庭田杏珠/著

この記事を書いた人

横田かおり

-yokota-kaori-

本の森セルバBRANCH岡山店

1986年、岡山県生まれ。担当は文芸書、児童書、学習参考書。 本を開けば人々の声が聞こえる。知らない世界を垣間見れる。 本は友だち。人生の伴走者。 本がこの世界にあって、ほんとうによかった。

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