PMSとパニック障害。生きづらさを抱える二人のしあわせを探す珍道中

横田かおり 本の森セルバBRANCH岡山店

『夜明けのすべて』水鈴社
瀬尾まいこ/著

 

 

人生はなにが起こるか分からない。だからいいんだ、だから面白いんだと言えるのは心身ともに健康な証拠だ。人生は山あり谷ありという言葉があるけれど、うず高い山も、真っ暗な谷もいつも突然やってくるから、到底手に負えない。山も谷も経験なんてしたくない。穏やかで変哲もない日常がいちばんのしあわせだ。そして、できることなら毎日を笑って過ごしたい。こんなささやかな望みは、山や谷や、なんやかんやにいとも簡単に押しつぶされてしまう。人生は、なかなかに厳しい。

 

物語の主人公の一人である美沙は、学生の頃からPMS(月経前症候群)という女性特有の病気に悩まされている。普段は何の問題もなく過ごせるのだが、毎月、月経前の数日は感情がコントロールできなくなる。些細なことで怒りの感情が爆発し、溢れだしてしまうのだ。たとえば、炭酸飲料を開ける「プシュッ」という音。たとえば、上司からの頼み事。普段なら全く気にならないほどの些末なことだ。けれど月経前の数日間だけは、とにかく小さなことで、怒りのスイッチが入ってしまう。
「炭酸飲むのやめてほしいんだけど」「コピーね、だけでは通じません」
何でこんなことで怒ってしまうのだろう?と思うのに、自身の感情と行動のコントロールができない。病院に通い、効くと言われたものは片端から試した。その甲斐あって肌はきれいになったし、風邪も引きにくくなった。けれど、治癒させたい症状は改善しなかった。
そんな中、職場で感情を爆発させてしまった。薬の副作用で眠りこけてしまった。こんな失態を犯し、どう立ち振る舞えばいいのか分からなくなった美沙は、就職したばかりの会社を退職するしかなかった。

 

もう一人の主人公の山添君もまた、病気を抱えている。病気の発症は突然だった。彼女と過ごしていた休日、少し遅めの昼ごはんにとラーメン屋に入った。好きだった味が、なぜかその日は美味しいと思えなかった。お会計をしようと立ち上がったとき、眩暈がして感じたことのない不快感に襲われた。自力ではどこにも行けないと思いながら、救急車に乗ることがひどく恐ろしく感じる。
なんとか病院に着き、下されたのは「過呼吸」という診断で、あんなに苦しく死にそうな思いをしたのに、あっさりと家に帰された。しかし、次の日になってもあの不快感が消えない。外に出るとまた倒れてしまうという予感がする。そして、藁にもすがるような気持ちでたどり着いた心療内科で「パニック障害」だと言われてしまった。
明るく社交的でいつも仲間の中心にいた。仕事も順調で、彼女ともうまくいっていた。大きなストレスなんて抱えていなかった。なのに、なぜ?上司には休職を勧められたが、以前のように働けるようになるか、全く分からない自身のことを鑑みて会社を退職した。

 

それぞれ病気を抱えた二人は、新たに働き始めた社員六名の小さな会社で出会う。お互いの印象は決していいものではなかった。美沙は、しょっちゅう遅刻し、仕事中に炭酸飲料を飲み、ガムや飴を食べる山添君のことを好きになれなかった。山添君は、炭酸を飲んでいるだけで怒りだす美沙のことを怖い人だと思っていた。けれど、山添君が仕事中に発作を起こし、何かを必死で探している姿を見て、美沙は気づいたのだ。美沙がトイレで拾った薬は山添君のものだ。そして、この薬は自分も服用したことのあるものだと。

 

このことがきっかけで、互いが病気を抱えていることに気づいた二人だが、それで一気に打ち解けるとか、運命的に恋に落ちてしまうとか、そんな劇的な展開はない。なんせ二人とも、自分自身のままならない心と身体を抱えているのだ。それに、誰かに迷惑をかけるくらいなら一人でいようと思ってしまうやさしさを二人は持ちあわせている。去っていった人たちの手を、掴み直せない悲しさも知っている。

 

別々の場所で真っ暗闇のなかにいる二人。その場所で静かに涙をこぼしている二人。でも、このまま平行線を辿るように思えた二人は、少しずつ、ほんの少しずつ、近づいたり離れたり…やっぱり近づいたりしていく。

 

あるとき、美沙が急に山添君の家に押しかけ、髪を切ると言い出した。美沙は山添君の髪がぼさぼさなのが気になっていた。もちろん、山添君はそんなことは頼んでいないし、望んでもいない。「美容院に行くのはしんどいことだろう」美沙のおせっかいによるやさしさ、そして強引さに押し切られ、髪を切られることを了承した山添君だったが、鏡に映った自分の姿を見て驚愕する。
こけしだった。映っていたのは、こけしと化した自分の姿だった。あまりにも悲惨な姿、そして想像をはるかに超える滑稽さに笑いが込み上げてくる。扉の向こうに消えた山添君が発作を起こしたと思った美沙は、自分が切った髪型の珍妙さに山添君が見悶えているとは思わない。美沙のとんでもなくずれたやさしさは、二年ぶりに山添君に笑顔をもたらしてしまった。

 

美沙のPMSの症状に気づいた山添君は、休憩時間に美沙を外に連れだし、空き地で草を抜かせて怒りを発散させるという、なんとも大胆な行動に出る。訳が分からない上に、職場の人たちにもからかわれ、怒りが込み上げる美沙だったが、草抜きをしていると自然に心が和らいできた。
美沙のPMSの症状が出るころにさりげなくサポートをしてくれるようになった山添君。美沙は自分の体調が悪くなる周期を把握しているなんてと不気味がるけれど、ただ言葉足らずでぶっきらぼうな物言いなだけなのだ。山添君はまっすぐで不器用なやさしさを持つ人だった。

 

二人の珍道中は続く。「ボヘミアン・ラプソディ」に感動した美沙が山添君の家に再び押しかけて二人でサントラを聴く羽目になったり、山添君の家のポストに入れられた謎のお守りの送り主を名探偵のように探したり。入院した美沙のお見舞いに会社代表として行ったのに、母親に恋人だと勘違いされた挙句に、職場の人には結婚すると勘違いされたり。とにかく二人が一緒にいると事件が起こる。いや正確にいうと、事件になりえないことが事件になる。
二人が顔を合わせてああでもないこうでもないと話すとき、病気であることなどすっかり頭から抜け落ちている。きっとこの二人は病気になる以前から、ユニークな性格で行動力にあふれ、「ひと」のしあわせを想っていたんだろうな。そう自然と思える、人のよさが二人からは滲み出ている。

 

これから先、二人の病が快方に向かっていくのか、また共に歩んでいくのか、それは誰にも分からない。でも、そんな未来が訪れるといいなと思う。病気が治って、二人が共にいたいと思う未来が待ち構えているといいと思う。いやでも、そんな未来が訪れなくたって、二人がそれぞれの場所で笑っていられればいい。私にやさしい気持ちをもたらしてくれた二人だから。どうか、とびきりのしあわせが訪れてほしい。

 

最後に。本書のレビューからは逸れてしまうが、どうしても書きたいことがある。

 

この物語を書いた瀬尾まいこさんの物語が、ずっと好きだった。10代の終わり、『図書館の神様』そして『幸運の持ち主』に出会って、本当にもう大好きだと思った。現実と物語のちょうど境目で起こるような不思議で心地いい世界に、私は癒されていた。現実世界でどんなに辛くさみしい思いをしていても、物語に没頭すればいつでも深い呼吸ができて、本当の私を思い出せるようだった。

 

『そして、バトンは渡された』で本屋大賞を受賞された。少し、時間が空いてこの物語を読むことができた。この空白の期間に瀬尾さん自身もパニック障害を発症していたそうだ。本屋大賞を受賞されたときの、朗らかな笑顔がとても素敵だと思った。笑顔から滲み出る朗らかさは、物語の根底に確実に流れていると思った。そんな笑顔の裏で、辛い日々を過ごされていたのかと思うと胸が痛んでやまなかった。
でも、また出会うことができた。また、読むことができた。こんなにしあわせなことがあるだろうかと、私の心は喜びとともに震えている。

 

今も、昔も。瀬尾さんの紡ぐ物語に登場する、ちょっとずれていて突拍子もない行動をしちゃう、でも愛あるやさしさにあふれた人々が私は大好きだ。そして、私の心を癒してくれ、前を向く勇気を与えてくれた物語の力に、私はずっと支えられている。

 

「大好き」だと心から言える物語と出会えて、私はただただ、しあわせだ。

 

本当に伝えたいのは、こんなシンプルな気持ちだけなのだ。

 

『夜明けのすべて』水鈴社
瀬尾まいこ/著

この記事を書いた人

横田かおり

-yokota-kaori-

本の森セルバBRANCH岡山店

1986年、岡山県生まれ。担当は文芸書、児童書、学習参考書。 本を開けば人々の声が聞こえる。知らない世界を垣間見れる。 本は友だち。人生の伴走者。 本がこの世界にあって、ほんとうによかった。

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