生きるという選択も、死ぬという選択も、少女には重すぎて選び取れなかった

横田かおり 本の森セルバBRANCH岡山店

『とわの庭』新潮社
小川糸/著

 

 

とわ、美しい瞳をもつひと。とわ、強きこころをもつひと。
私は、あなたのようなひとになりたい。あなたのような、光そのものであるひとになりたい。

 

〈とわ〉は、目が見えない。生まれたときには見えていたのかもしれないけれど、漠然とした色のかたまり、明るさと暗さしか識別できない。けれど、とわには光を与えてくれる存在があった。それは、かけがえのない存在だった母さん。とわと母さん、たったふたりの世界には、愛と光が満ちていた。

 

母さんはとわに「言葉」で世界を教えてくれた。母さんがとわのために紡いだ詩、受け継がれる物語。とわに手渡される言葉たちは、とわをどんな場所へも誘ってくれた。とわにとって、母さんの言葉に耳を傾けることは、旅をすることと同じだった。
それに。母さんは、わたしたちは「えいえんの愛」で結ばれていると、繰り返し教えてくれた。「大好き」と、とわに「愛」を囁くたびに、こころには愛が隅々にまで降り積もった。だから、とわには見えなくても感じることができた。世界の姿を。愛の形を。
そして、とわのために母さんが作ってくれた、たくさんの木々が生い茂る、とわのための庭。季節の移ろいとともに芽吹く植物の芳醇な香り。木々が風に揺れるたびに生まれるさざなみような言葉。鳥たちのさえずりがかさなって、奏でられる美しい音色。とわが草木や鳥たちの声に耳を傾けると、とわのためだけに用意された特別な言葉が聞こえるようだった。とわが匂いを嗅ぐたびに、世界は香り、豊かな景色を見せてくれた。
とわにとっての世界とは、母さんの存在、そしてとわの庭こそが、そのすべてだった。

 

10歳の誕生日を、ふたりでお祝いした。母さんが用意してくれたご馳走を囲み、ふたりでワルツを踊った。とわへの贈り物のきれいなワンピースを着て、ふたりで初めて外にも出かけた。
けれど。母さんはある日、突然とわの元から去っていった。兆候はあった。少し前から、母さんは“壊れて”いたのだろう。でも。とわは、待っていた。いつか母さんは帰ってくる、必ず帰ってくると、それだけをこころに大切に抱き。

 

母さんがいなくなってどのくらいの年月が経っただろう。家の中にはごみが溢れ異臭が漂っている。母さんがいなくなる前、とわに履かされたおむつもひどい匂いがしている。水曜日に生活必需品を抱えてやって来ていたオットさんは、とうの昔に訪れなくなった。食べられるものなど、もうなにもない。
朝を告げる鳥の声も、何度聞いたか分からない。何度、聞き逃したのかも分からない。とわには、今が朝なのか夜なのか、それすらもう分からない。太陽であった母さんがとわのもとを去ってから、とわの世界からは、光も闇ですら、なくなってしまった。生きるという選択も、死ぬという選択も、どちらも重すぎてとわには選び取ることができない。この家に残されたのは、異臭を放つゴミと、唯一の味方の人形のローズマリーと、とわだけ。
ふたりの家から、とわの庭から、とわはどこにも行くことができない。

 

すさまじい勢いで家が揺れ不気味な音が蔓延したのち、静寂に包まれたあの日。とわは認め、受け入れる。母さんはここへはもう帰ってこない。生きていくために、とわは母さんのことを忘れると決意する。風に流れてきたピアノの音色、そしてクロウタドリの歌声がとわの背中を押してくれるようだった。
とわは外の世界へ踏み出した。裸足のまま、土踏まずも形成されていない未成熟な足を懸命に動かして。ふたりで過ごした日々はこころの中にある。あまりに甘美であまりに歪で、窒息しそうなほどの愛に満ちた世界を、とわは飛び出した。

 

とわの人生は、ここから再び始まっていく。

 

とわが外の世界へ飛び出すことは、古く汚れた自分を脱ぎ捨て、新しくきれいな身体で、社会に沿って生きることだった。とわにはできないことや知らないことが多くあった。身体を隅々まで自分で洗うこと、トイレで用を足すこと、爪や髪を切りそろえること、ゆっくりと食事をすること。どれもこれもが、とわにとってはとても困難なことだった。
また、保護をされたことがきっかけで、自分自身の成り立ちをとわは初めて知る。とわは、母が人知れず産み落とした3番目の、初めての女の子だった。とわの救出を知った母親の供述から推察すると、とわの年齢はおそらく25歳。そして、とわの目は、自分が見えないようにさせたと言っていること。母さんには美しい顔に似つかわしくない痣があった。とわに、この姿を見られたくなかったのだ。
とわは、戸籍を取得し「十和子」というあたらしい名前も手に入れた。けれど、とわがとわであることは、どこで暮らしどんな名前になっても変えられない。重い過去を抱えながら生きていく道しか、とわの前には用意されていない。

 

病院から施設へ、そしてグループホームへ移ったころ、特別支援学校で点字を学ぶようになった。白杖を使う練習もした。けれど、世界が広がることで襲いかかってくる現実があった。外の世界で鳴り響く音は、とわの耳をつんざき、こころを真っ暗に塗りつぶす。母さんと暮らした家を出て二年が経ち、とわはいいようのない寂しさを感じるようになっていた。激流に揉まれながら過去に思いを馳せる余裕もなく、目の前のことを懸命にこなす日々の果てに、突然訪れたひとりぼっちでからっぽの時間。
とわに、分岐点が近づいていた。

 

とわが選んだ道。それは、母さんと暮らしたあの家に戻ることだった。よき思い出も、悲しき思い出もつまったあの家で、自分の力で暮らすのだ。でも、とわはもうひとりじゃない。出会ったひとびとの存在がとわのこころを強くする。パートナーとなった盲導犬のジョイがとわの傍らで支えてくれる。それに、あの家には、とわのために作られた、あの庭がある。
待っている、待っていてくれている、変わらずにきっと。

 

新しいとわが、生まれていく。

 

とわは、恋の熱を知り、恋の痛みを知った。友と過ごす時間が、こころの深い場所を癒すのだと知った。そして。母さんととわ、ふたりがともに暮らしていたことを知るひとが、大切な思い出を灯してくれていた。
出会っては別れ。また出会い。この家で、この庭で、とわは巡る季節を知っていく。たったふたりしかいなかった世界から。懐かしい匂いのする植物たちとともに、そして、様々な香りを纏ったひとびとともに。

 

とわの物語。それは一見、過酷で悲惨な過去から立ち上がった勇気ある少女の物語だ。とわのように、強く生きられるひとが一体どれほどいるだろう?とわのように、美しいこころを損なわないまま、立ち上がれるひとがどれだけいるだろう?
でも、とわがそこまで強くいられたのは、母さんと過ごした日々があったからこそだった。とわのための庭、そこに住まう植物や鳥たちが、とわに語り続けていたからだった。
誰も、悪くなかった。誰ひとりとして裁けない。母さんがいなければ、とわはこの世界に生まれていない。母さんが「あい」をささやかなければ、とわの体に愛が染み込むことはなかったのだから。

 

とわは、きっと。自分の意志で、この世界にやってきた。そして、生き抜き、自らの足で新たな道を踏み出していった。とわを守り慈しむもの。それは、私たちをも守るものだ。愛を宿した言葉や物語。大らかに包み込んでくれる自然のゆりかご。そして偉大なる命の輝きは光となって、私たちにも降り注ぐ。
とわは、特別な女の子。守り慈しまれ、生き延びた奇跡の女の子。でも誰しもがきっと、そのような存在なのだ。

 

きらりきらきら。世界にはたくさんの光が散りばめられている。様々な大きさの、ひとつとして同じ輝きのない美しい光。それは、とわを包み照らしていた光。そして私たちの内側から溢れ出る光。

 

たったひとつの光が無数に伸びて連なる世界に、私たちは奇跡のように芽吹いている。
その姿は、その景色は、まるで祝福のようだ。

 

『とわの庭』新潮社
小川糸/著

この記事を書いた人

横田かおり

-yokota-kaori-

本の森セルバBRANCH岡山店

1986年、岡山県生まれ。担当は文芸書、児童書、学習参考書。 本を開けば人々の声が聞こえる。知らない世界を垣間見れる。 本は友だち。人生の伴走者。 本がこの世界にあって、ほんとうによかった。

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