2020年のノーベル物理学賞をとった「ブラックホール」がこれまでどのように研究されてきたのかをめちゃくちゃわかりやすく教えてくれる本

長江貴士 元書店員

『ブラックホールをのぞいてみたら』KADOKAWA
大須賀健/著

 

 

 

2019年4月、世界中をあるニュースが駆け巡りました。「ブラックホールの撮影に成功!」というものです(また、今年のノーベル賞物理学賞はブラックホールの研究に関するもので、改めて話題になりました)。

 

しかし、あまりブラックホールに詳しくない人でも、疑問を抱くのではないでしょうか?「確かブラックホールというのは、どんな光も脱出出来ないから観測できないと言われていたはず。じゃあ何で撮影できたんだろう?」と。

 

ブラックホールというのは、「重力があまりにも強すぎて、光さえ脱出出来ない天体」であり、どんな波長の光でブラックホールを捉えようとしても不可能です。これまでも、「きっとあそこにブラックホールがあるはずだ」と間接的には観測されていました。それは、「あそこにブラックホールがあると考えなければ、この現象は説明出来ない」というような判断がなされていた、というわけです。

 

しかし今回初めて、直接的に観測することに成功しました。何故そんなことが出来たのでしょうか?

 

そのポイントは「ガス円盤」です。

 

本書を読んで僕が一番驚いたのが、次の文章です。

 

「ブラックホールは暗黒か?」
この答えはもちろんYESなのですが、実はNOでもあります。なぜなら、宇宙でもっとも明るい天体のひとつがブラックホールだからです

 

どんな光をも吸収するから“真っ黒の中の真っ黒”であるはずのブラックホールが、「宇宙でもっとも明るい天体」だというのは非常に奇妙な話ですが、実はもっとも明るいのは、ブラックホールの周囲を渦巻いている「ガス円盤」の方です。

 

ブラックホールというのは、あまりにも重力が大きいので、周囲にあるあらゆるものを吸い寄せます。しかしその一方で、ブラックホールというのはとても「小さい」です。この「小さい」というのをもう少し説明しましょう。ブラックホールというのは「事象の地平面」と「特異点」という2つの領域で構成されます。イメージは、「事象の地平面」が梅干しの皮の部分、「特異点」が梅干しの種だと思ってください。「事象の地平面」はある程度の大きさがありますが、「特異点」はメチャクチャ小さいわけです。で、吸い寄せられた周囲のものは、その「特異点」に引き込まれるわけですが、「特異点」はあまりにも小さいので、吸い寄せられたものは直接「特異点」に吸い込まれるのではなく、一旦ブラックホールの周囲をグルグル回ることになります。このブラックホールの周りをグルグル回っているものを「ガス円盤」と呼ぶわけです。そしてこの「ガス円盤」は、ブラックホールからの距離に応じて回転速度が違うことで摩擦が生じ、その摩擦によって光り輝くわけです。これが「ブラックホールが明るい」理由です。

 

だから、今回撮影されたのは、「光り輝くガス円盤に囲まれたブラックホールの真っ黒い穴」ということになるわけです。撮影する前から、「理論的に考えて、ブラックホールの穴が撮影されるとすればこういう形になるはず」という予測が精密に行われていて、今回撮影されたものがその予測に合致したことから、「ブラックホールの撮影に成功!」という大ニュースになった、というわけです。

 

本書は、そんなブラックホールがどのように予言され、研究されてきたのかという話を、非常に分かりやすく書いています。チャンドラセカール、エディントン、オッペンハイマー、ホイーラー、ホーキングなど、当代随一の天文学者・理論物理学者たちが、どのような侃々諤々の議論を経て、「ブラックホール」という謎めいた天体の存在を明らかにしていったのかという歴史は非常に面白いです。

 

そもそもブラックホールというのは、数少ない「理論主導の天体」です。普通、天体の研究というのは、望遠鏡などで観測されて初めて研究されることになりますが、ブラックホールはまず計算によって予言されました。アインシュタインの相対性理論をある特殊な条件下で計算したシュヴァルツシルトという物理学者が、ブラックホール(当時はそう呼ばれていませんでしたが)が存在しうることを示したのです。しかし当時、アインシュタインもブラックホールの存在を信じなかったと言います。本書には、【想像を絶するほど奇怪な天体の存在を、最初はほとんどすべての研究者が信じなかったのです】とも書かれていて、ブラックホールがいかに現実離れの存在だったかが理解できます。

 

しかしその後、星の一生を研究する中で「ブラックホールを認めるしかないんじゃね?」という理論が整備されるようになり、また、「これはブラックホールが存在するって思わないと説明つかないんじゃね?」というような天体現象が見つかったことで、少しずつブラックホールは受け入れられるようになっていくわけです。そして、2015年に初めて検出された「重力波」、そして2019年のブラックホールの直接観測によって、ようやくブラックホールの存在が“確定”しました。

 

とはいえブラックホールはまだまだ謎めいた存在であり、解明されていないことが多く存在します。

 

例えば、つい最近著者らの研究グループがようやく解明した謎があります。ブラックホールには大別して「恒星質量ブラックホール」と「大質量ブラックホール」の2種類があります。「恒星質量ブラックホール」というのはその名の通り、太陽などの「恒星」と呼ばれている星が潰れて出来るもので、質量的には「大質量ブラックホール」よりも小さいです。「大質量ブラックホール」は、太陽の100万倍から10億倍、あるいはそれ以上の質量を持つブラックホールで、とにかく質量が大きいです。でこの「大質量ブラックホール」は、銀河の中心に必ず一つ存在する、と考えられています。

 

そしてこの「大質量ブラックホール」の存在が問題でした。詳しい理屈は書きませんが、様々な理由から「大質量ブラックホール」は、「いくらでも大量に吸い込めるけど、吸い込む速度には限界がある」と考えられていました。一方で、「大質量ブラックホール」は、130億年前(つまり、宇宙誕生からたった8億年)から存在していたことが分かっています。つまり問題はこうです。
「吸い込む速度に限界がある大質量ブラックホールが、たった8億年で太陽の10億倍の質量を獲得できるのか?」

 

著者らのグループは、コンピュータのシミュレーションによって、「実は大質量ブラックホールの吸い込む速度は思ってたより早い」ということを示すことが出来、この問題は解決した…。

 

のですが、しかしこの研究によって新たな謎が生まれました。著者らはこのシミュレーションをする際に、「大量のガスが遠方領域から供給される」ということを前提にしたそうです。「大質量ブラックホール」は、銀河の中心に存在するのでした。つまり、著者らのシミュレーションが成り立つためには、「銀河のあちこちにあるガスが、銀河の中心にある大質量ブラックホールのところまでどうやって運ばれたのか」が説明できなければなりませんが、未だにこれを説明できる理論は存在しないそうです。

 

また、この謎と関係するかもしれませんが、「大質量ブラックホール」にはもう一つ謎があります。それは、「銀河の質量」と「大質量ブラックホールの質量」が比例関係にある、ということです。銀河が小さければその中心にある大質量ブラックホールも小さく、逆もまた然り、というわけです。

 

これが謎なのは、「ブラックホールの重力は、あまり遠くに影響を及ぼさない」という点に理由があります。例えば、僕らが住む銀河系の中心にも「大質量ブラックホール」は当然ありますが、その重力の影響を受けて地球が急激に引っ張られている、ということはありません。それは地球と「大質量ブラックホール」の距離が離れているからです。「大質量ブラックホール」が、自分の周囲の狭い範囲にしか影響を及ぼすことが出来ないなら、どうして銀河全体の大きさと「大質量ブラックホール」の大きさに比例関係が存在するのか説明が付きません。これもまた、大きな謎として残されています。

 

このように、不可思議で興味の尽きない天体ですが、2015年に検出された「重力波」によって、「重力波」を通じて天体観測を観測する新たな手法が開発されていますし、これによってブラックホールの研究もさらに進むことでしょう。今後どんな事実が明らかになっていくのか、非常に楽しみでなりません。

 

『ブラックホールをのぞいてみたら』KADOKAWA
大須賀健/著

この記事を書いた人

長江貴士

-nagae-takashi-

元書店員

1983年静岡県生まれ。大学中退後、10年近く神奈川の書店でフリーターとして過ごし、2015年さわや書店入社。2016年、文庫本(清水潔『殺人犯はそこにいる』)の表紙をオリジナルのカバーで覆って販売した「文庫X」を企画。2017年、初の著書『書店員X「常識」に殺されない生き方』を出版。2019年、さわや書店を退社。現在、出版取次勤務。 「本がすき。」のサイトで、「非属の才能」の全文無料公開に関わらせていただきました。

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