東 えりかが読む『浄土双六』時代に翻弄される人々の生きざま

小説宝石 

『浄土双六』文藝春秋
奥山景布子/著

 

足利尊氏を初代将軍とする室町幕府は十五代将軍義昭までちょうど二百五十年間、京都に幕府を置いた。本書は五代将軍の早世後、石清水八幡宮の神籤で仏門から還俗させられた六代将軍義教の苛烈で残忍な政の様子を描いた「籤を引く男」をはじめとした6つの短編小説で構成されている。

 

応仁の乱という大きな戦があったとはいえ、日本史の中では読者になじみが薄い感はぬぐえないこの時代。だが苦境の中にある代々の将軍や、彼らを慈しみ育て妍を競い合った女たちの運命の物語は儚く美しい。病と飢饉によって荒廃した八代将軍義政の御代に、人心を救おうとした時衆の僧、願阿弥(がんあみ)を描いた「橋を架ける男」。その義政を深く愛した乳母の今参局が、自ら乳を切り裂いて自害するまでの「乳を裂く女」。義政の正妻で九代将軍義尚(よしひさ)の母、烈女として名高い日野富子は「銭を遣う女」で魅力的に描かれる。

 

この時代の中心であるべき八代将軍義政は、花の御所「銀閣寺」を造ったことで今に名を残す。彼がなぜ造園や普請に力を入れ、金を注ぎ込んだのか。その謎を「景を造る男」が見事に解き明かしていく。他の短編が見事な伏線になっていて驚かされた。

 

最後の一作は本書のために書き下ろされた「春を売る女」。金銭の管理能力に優れた日野富子に見いだされた幼女・雛女が長じて営む茶屋「春日屋」で起きた事件と、雛女の来し方が語られる。

 

文学博士でもある著者は資料のひとことから物語を作り出すという。本書でも義政の乳母、今参局が切腹して果てたと知ったことから物語が動き出したそうだ。いつの時代も親子や男女の愛憎の哀しさは変わらない。時代に翻弄される人々の生きざまを堪能してほしい。

 

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『医療現場は地獄の戦場だった!』ビジネス社
大内 啓・井上理津子/著

 

コロナ最前線で戦う医療従事者たち

 

二〇二〇年一二月五日現在、新型コロナの第三波が日本を襲っている。だがアメリカの医療はさらにひっ迫している。本書はボストンの救命救急室でコロナ最前線に従事する日本人医師の壮絶な記録である。

 

救急以外のすべての外来が止められ、PCR検査陽性者は自宅待機を命じられた。重症化した場合の処置や急激な容態の悪化など、新型コロナという病気の恐ろしさが余すことなく語られていく。日本でも格差社会が問題視されているが人種のるつぼであるアメリカでは言葉の違いで症状を伝えることさえできず、悪化していくのだ。アメリカと日本の医療の違いも本書で初めて理解できた。

 


『浄土双六』文藝春秋
奥山景布子/著

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-syosetsuhouseki-

伝統のミステリーをはじめ、現代小説、時代小説、さらには官能小説まで、さまざまなジャンルの小説やエッセイをお届けしています。「本がすき。」のコーナーでは光文社の新刊を中心に、インタビュー、エッセイ、書評などを掲載。読書ガイドとしてもぜひお読みください。(※一部書評記事を、当サイトでも特別掲載いたします)

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