人類永遠のテーマ「差別」を描いた有吉佐和子の稀有な一冊。

本荘そのこ ライター

『非色』河出文庫
有吉佐和子/著

 

『非色』河出文庫(左)

 

『非色』がついに復刊された。

 

イギリス王室の公務から退いたヘンリー王子の妻メーガン妃が、長男を妊娠した際に肌の色を懸念する声がイギリス王室内から上がったと、アメリカのテレビインタビューで告白したのを受け、波紋は世界中に広まった。人種や性差はもちろん、あらゆる面においてポリティカル・コレクトネスが取り沙汰されるいま、このタイミングで本書が蘇ったことは偶然ではないのだろう。

 

本作は、人種差別の問題を扱った傑作だが、「差別を助長する」ことが懸念され、1967年に角川文庫で刊行された本書は2003年の重版を最後に、長らく重版未定になっていたというから驚いてしまう。もちろん、差別を助長している内容ではなく、その正反対だ。

 

その意味でも、私はこの物語のセンテンスやフレーズ、セリフや単語だけを切り取らずに正しく伝えて欲しいと願っている。

 

本作品は全編にわたって、「差別する側」と「差別される側」の相克がこれでもかと描かれる。

 

『非色』ファンは一定数存在する。私はもちろんのこと、河出文庫版の担当編集者・東條律子さんも強い思い入れを込め、復刊のため尽力したことに敬意を評したい。ここで、少しあらすじを紹介したい。

 

時代は大戦直後、家族を養うため進駐軍の経営するキャバレーでクローク係として働いていた笑子は、豊かなアメリカを体現するトーマス・ジャクソン伍長(トム)と出会い、熱烈に求愛され、流されるように結婚に至る。紳士的な性格は結婚後も変わることなく続くが、やがて除隊のため本国へ招集されてしまう。

 

戦後の日本で、衣食住に困らないというささやかなシンデレラストーリーはここで終わりを告げる。

 

「戦争花嫁」となり、残された笑子はメイドとして白人の象徴ワシントン・ハイツで逞しく働き始めるが、トムの血を色濃く受け継ぐ長女メアリイを抱え、いわれなき差別に直面。

 

このままではメアリイの未来は暗澹たるものになる、そう悟った笑子は海を渡りアメリカで生きることを決意する。

 

「アメリカへ行こう。トムのいるところへ。この考えは、このとき突然に湧いたものである。突然沸き起こって、それがメアリイの笑顔で確定してしまった。それは私の確信でもあった。この日本で私たち親子が幸福になることが考えられないのだとしたら、私たちは出ていくよりないのだ。」

 

戦後のアメリカは日本よりマシであろうという期待もむなしく、ニューヨーク・ハーレムは貧困のるつぼ。除隊となり雑役夫の仕事を虚無的にこなすトムを見捨てることなく、笑子は次々と子を宿し産み続けながら居直るように逞しく生き抜いていく。

 

笑子やメアリイだけでなく、その他の戦争花嫁の豪快なキャラクターがそれぞれ個性豊かに物語を牽引。彼女たちを隔てるものは、夫の出自だ。

 

ちなみにこの物語は笑子の一人称なのだが、有吉佐和子先生の筆致がイタコのような肉声となり迸る。果たしてこれは先生の自伝なのだろうか? と思わされてしまうほどだ。

 

一方、本書には実は圧巻のセカンドテーマがある。私としては多くの女性に、ここを読み落とさず、何かの糧にして欲しいと願ってしまう。

 

掃き溜めに鶴といった風情の麗人でありながら、戦争花嫁となった麗子さんが結婚したのはプエルトリコ人の美しい男性。一見、ヒエラルキーの頂点にでも君臨するような高貴な容貌だった。

 

だが、燦々と陽のあたる未来を確信して嫁いでみると、結婚したプエルトリコ人は、ヒエラルキーの最下層に位置していた。

 

最初から差別というものをある程度予見し、覚悟して結婚した笑子との決定的な違いが、この麗子さんの結婚の誤算である。

 

古今東西、結婚してみたらこんなはずではなかったのだが、引っ込みがつかないというエピソードは枚挙に暇がない。地雷のように仕掛けられている罠なのだが、それはこの麗子さんエピソードに凝縮される。

 

しかし、麗子はここで日本へ逃げ帰る道を潔しとはしない。悪くいうと、引っ込みがつかなくなった。

 

麗子は日本食レストラン「ナイトオ」で必死に働いた稼ぎを毛皮やダイヤの指輪を購入に充て、見栄と虚飾の道を歩む選択をするのだ。

 

麗子は故郷に、中古品で華やかに飾り立てた記念写真を送り続け、セレブっぽさを演出し、偽りの便りを出す。この便りを出し続ける限り、日本の実家ではいつまでもニューヨークで立身出世した麗子であり続けることができるのだろう。

 

この奇妙な自己顕示欲というか承認欲求はさしづめ、いまどきのフェースブックやインスタグラムにおける「盛って」見せる演出や加工投稿の原型といえるのではないだろうか。半世紀も前に、こうした承認欲求を持つ女性を惜しみなく脇役に据え、見事に描いた有吉佐和子先生は、この作品とともにもっと大きな賞賛を集めてもよかったのではないか。

 

さらに、もう一つの読みどころとして、差別される人間は、差別をすることによって溜飲を下げるということ。

 

笑子の夫トムもまた、麗子のプエルトリコ人夫を語るとき、日本駐留時代に遡ったのかと思われるほど、生き生きと生気を取り戻すのだった。

 

とまぁ、本作は「差別とは何か」という普遍的構造や連鎖を、時に滑稽でユーモラスに、そして瑞々しく描き切っていく壮大な物語だ。

 

まずは一気読みをしてほしい。そしてリピーターとなって理解と考察を深め、時折好きな部分を拾い読みしながら、それぞれのセカンドテーマと向き合うことをお勧めしたい。

 

『非色』河出文庫
有吉佐和子/著

この記事を書いた人

本荘そのこ

-honjo-sonoko-

ライター

98年から週刊誌、月刊誌で取材・執筆するほか書籍の構成も手がける。04年の乳がん体験と直後の妊娠・出産をきっかけに「がんと出産」「がんとお金」などのテーマで講演・セミナー活動も展開する。著書に『絶対肯定の子育て』(日経BP社)、『がんに不安を感じたら読む本』(光文社新書)がある。革新のがん医療と注目される「光免疫療法」の開発者である米国立衛生研究所主任研究員小林久隆博士の特設WEBサイトの運営・記事執筆も担当。

小林久隆博士の特設WEBサイト

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