歌舞伎町は滅びないかもしれないが、歌舞伎町で生きる人たちは、簡単に滅びてしまう立場に置かれている

坂爪真吾 一般社団法人ホワイトハンズ代表理事

『新宿・歌舞伎町 人はなぜ<夜の街>を求めるのか』幻冬舎
手塚マキ/著

 

 

 この街では、過去は問われない。誰もが、昔の出来事や未来への不安を忘れて、今この瞬間だけを生きることができる。職業や年齢、肩書や人間関係といった煩わしい鎧を脱ぎ捨てて、心も身体も裸になり、ありのままの自分をさらけ出すことができる。
 社交飲食店や性風俗店がひしめき合う「夜の街」は、そうした空間であるがゆえに、多くの問題や矛盾を抱えながらも、社会の中で必要とされ、多くの人々から求められ続けてきた。夜の街は、あらゆる人を受け入れ、行き場のない人たちに居場所と出番を与え、身体的・精神的・経済的な救いを与えることができる。そう考えられてきた。

 

 しかし、2020年のコロナ禍では、そうしたイメージは単なる幻想にすぎなかったことが明らかになった。
 夜の街で現金日払い・完全自由出勤の仕事をしている人たちは、緊急事態宣言に伴う店舗の自粛や休業によって瞬く間に仕事と収入を失い、「今だけを生きる」ことができなくなった。その瞬間、忘れていたはずの現実=過去に犯した過ちやツケの請求書が、一気に押し寄せてきた。
 夜の街は、「過去を問われない」場所であるが、決して「過去を帳消しにしてくれる」場所ではない。生きている限り、誰も過去からは逃げられないのだ。
 コロナ禍においても、立派な職業や肩書などの社会的地位、頼れる家族や人間関係などの社会資源を持っている人たちは、平穏な生活を変わらずに維持することができた。
一方、何も持たずに「素の自分」だけを生きていた人たちは、真っ先に困窮状態に突き落とされた。夜の街の中で「あらゆるしがらみから解放された」と感じていた人たちは、誰ともつながれないまま、SOSの声を発することもできないまま、人知れず闇の中に消えていった。

 

「今だけを生きる」も、「ありのままの自分」も、人々が夜の街に勝手に期待を投影した結果生み出されていた幻想にすぎなかった。
 歌舞伎町でカリスマホスト・経営者として二十三年間生きてきた手塚マキ氏は、著書『新宿・歌舞伎町 人はなぜ<夜の街>を求めるのか』の中で、水商売とは「期待させる職業」であり、「期待に応える職業」ではない、と述べている。例えるならば、「遠足に行く前日をつくるようなもの」だという。
 夜の街に、「ここではないどこか」「ここにはない何か」を期待して集まってきた人たちは、今回のコロナ禍で、あえなくその期待を裏切られたことになる。

 

 それでは、幻想が打ち砕かれた後、アフターコロナの世界において、夜の街に集う人たちは減るのだろうか。その答えは、「NO」である。
 本書の中で、「共生はしないが共存はする」という言葉が登場する。歌舞伎町をはじめとした夜の街の本質を端的に表している言葉だ。
 夜の街は、誰とも共生はしない。しかし、全ての人と共存はする。
 いつ・いかなる時も、全ての人と共に在り続けること、それ自体が夜の街の意義なのだとすれば、「期待に応えてくれなかった」と失望するのはお門違いなのかもしれない。
寄り添う形であれ、裏切る形であれ、共に在り続けること、それ自体が価値なのだとすれば、コロナ禍の一年間に夜の街で起こった様々な出来事は、ほんの些細なことなのかもしれない。

 

 本書の中で、印象的なエピソードがある。著者の経営するホストグループで会計の不明瞭感を払拭するためにサービス料・テーブルチャージ・指名料を全て撤廃し、明朗会計にしたところ、料金は変わっていないにもかかわらず、逆にお客やホストから「高い」というクレームが入り、かえって評判が悪くなった、という。分かりづらいからこそ、そこに各人がそれぞれの夢や欲望を投影できる。見えづらいからこそ、救われる人たちがいる。
 夜の街は、夢を観させてくれさえすればいい。誰も、その夢が現実化することまでは、心の底では望んでいないのだから。歌舞伎町は滅びない。何度でも蘇るさ。歌舞伎町が持つ「誰にでも夢を見せてくれる力」こそ、人間が必要としているものなのだから。
 ・・・と文学的にまとめたいところだが、夜の街で働く人たちを支援するNPOの立場から、蛇足を加えたい。
 歌舞伎町は滅びないかもしれないが、歌舞伎町で生きる人たちは、簡単に滅びてしまう立場に置かれている。コロナ禍で明らかになったように、突然仕事や収入を失い、家賃などの固定費の支払いができなくなり、生活が破綻するリスクに晒されている。歌舞伎町は何度でも蘇るかもしれないが、一度いなくなった人たちは、決して蘇らない。

 

 夜の街自体のしたたかさと、そこで生きる人たちの弱さと脆さが改めて浮き彫りになった今、著者たちがコロナ禍で取り組んできたような、ホストクラブと行政との連携をはじめとする社会とのつながり=歌舞伎町で生きる人たちが滅びずに済む仕組みを作っていく必要性は、今後益々高まっていくだろう。
 夜の仕事が「遠足に行く前日をつくるようなもの」だとすれば、「おうちに帰るまでが遠足」であるはずだ。
「歌舞伎町の夢から覚めるまでが歌舞伎町」と言えるような、緊急時にきちんと街の外部とつながる・つなげることのできる回路を整備することができれば、名実ともに「世界一安全な繁華街」として、歌舞伎町の魅力はさらに増していくのではないだろうか。

 

『新宿・歌舞伎町 人はなぜ<夜の街>を求めるのか』幻冬舎
手塚マキ/著

この記事を書いた人

坂爪真吾

-sakatsume-shingo-

一般社団法人ホワイトハンズ代表理事

1981年新潟市生まれ。一般社団法人ホワイトハンズ代表理事。東京大学文学部卒。 新しい「性の公共」をつくるという理念の下、重度身体障がい者に対する射精介助サービス、風俗店で働く女性のための無料生活・法律相談事業「風テラス」など、社会的な切り口で現代の性問題の解決に取り組んでいる。2014年社会貢献者表彰。 著書に『はじめての不倫学』『誰も教えてくれない 大人の性の作法』(以上、光文社新書)、『セックスと障害者』(イースト新書)、『性風俗のいびつな現場』(ちくま新書)、『孤独とセックス』(扶桑社新書)など多数。

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