何度も吹き出し、涙ぐむので電車で読むのは危険!娘が描く「サッちゃん」作詞者で芥川賞作家の父(オジサン)のこと

坂上友紀 本は人生のおやつです!! 店主

『枕詞はサッちゃん 照れやな詩人、父・阪田寛夫の人生』新潮文庫
内藤啓子/著

 

「よき評論」に一番大切なものってなんなのか。「斬新な目線」? それとも「時に冷徹なまでの眼差し」? 確かにそれらも大事なことだと感じるのですが、「一番」ってなると、それはやっぱり「愛」でしょう!!と、強く思わせてくれた『枕詞はサッちゃん 照れやな詩人、父・阪田寛夫の人生』でした。

 

この本は、芥川賞作家・阪田寛夫(さかた・ひろお)の娘・内藤啓子さんが、父について綴ったエッセイです。「阪田寛夫」といえば、今も大阪の古本業界では人気の作家。ですが、この「古本屋で人気」というのが少々曲者で、その理由を突き詰めていけば、(一概には言えないながらに)当時そんなに売れなかったから、という場合も……。寛夫は、このケースに当てはまらなくもない。ただ、「当時売れなかったから良書ではない」のではもちろんなく、「良書なのに出回っている数が少なくて滅多に売られてこない」からこそ、古本屋での人気が高くなるのです。加えて阿倍野区の出身なので、大阪では他の地域よりも人気があります。

 

啓子さん曰く、小説家だと父の名前を言っても、誰?となるし、『土の器』で芥川賞を受賞しても松本清張の『砂の器』と間違えられるし、「サッちゃん」の作詞者、で初めて相手が「ああ!」と合点がゆく、と冒頭に書かれているのですが、「作家・阪田寛夫」の立ち位置は概ねそんな感じ。むしろ童謡の作詞者として名が通っていて、「サッちゃん」以外にも「夕日が背中を押してくる」や「おなかのへるうた」など、誰もが知る歌が盛りだくさん☆ ですが、彼のことを知っていようがいまいが、この本の面白さにはさほど影響しないのです!  良い話だけでなく悪し様に語られる話も、どちらも真正直に書いてあるため、こちらも喜怒哀楽を総動員させつつ読むので、結果、電車の中ですら何度吹き出し、幾たび涙ぐんでしまったことか……!

 

実に包み隠さないところと、その根底にしっかりと愛が感じられるところが本当にすごいです。こういう美点が生まれやすいのは、近しい間柄の人が書いた評伝ならではかもしれませんが、家族が書いたものなら遍く良いわけでも、全て書けばそれでいいというわけでもない。結局、この面白さは啓子さんの文才に依るのですが、それはともかく様々なことが、白日のもとに晒されてもいます。

 

たとえば阪田家では、「お父さん」「お母さん」のことを、ある時から違う名前で呼ぶようになったそうで、「仕事を辞めて小説家になる!」と決意した父と家庭を第一とする母とが、離婚寸前の大喧嘩。以来、いつ離婚してもいいように「おれらのことはこう呼べ!」と、啓子さんと妹さん(宝塚トップスターだった大浦みずき)に言い放ち、その後、娘たちは両親のことを「オジサン、オバサン」と呼ぶようになったのだとか……。

 

そんな夫婦の喧嘩もすごければ姉妹の喧嘩も凄まじかったようで、幼少期の姉妹喧嘩に鉢合わせた阿川佐和子さん(阪田家と阿川家は、一時期同じ公団住宅に住んでいた)が、あまりの激しさに慄いて泣きながら自分の家に帰っていったという……!

 

ドギツイ部分もそれはそれで面白いのですが、一番、愛しかなくって泣けてきたのは、以下のくだり

 

晩年精神科に入院してからは、殆ど笑顔が見られない父だったが、母を面会に連れて来た時だけ嬉しそうな顔をした。母が、
「オジサン、しっかりしな」と言うと、
「はい、しっかりします」調子よく返事をする。(略)扉の前までつないでいた母の手を離して、

 

「オバサンは世界一可愛いおばあさん。だから、背中を伸ばして歩きましょう」と言いつつ、少し丸くなってきた母の背中を撫でた。
(略)振り返ると、ドアのガラス越しに、父は母を指さして口だけ動かす。
『オバサンハ』、腕を伸ばしぐるっと大きく円を描いてから人差し指を立て、『セカイデイチバン』、クルクル頭を撫でる動きをして『カワイイオバアサン』、上下に摩る手つきをして『セナカヲノバシテアルキマショウ』。それから大きく手を振った。

 

もう、ここまで読むと、涙ドバーッ!です。なのに、読み進めていくと、流した涙もアッサリ引っ込む話も出てきます。それは、時系列としてはオジサンの入院より前。オバサンが二度死にかけた時のくだり

 

手術は成功したが、術後、母の容体が悪くなった。電気ショックの機械が部屋に運び込まれて、心臓マッサージを受ける。(略)
「先生、ありがとうございました」と父が言った。
「もう静かに逝かせたいと思います」(略)
意識不明で酸素の管を鼻に入れた母に顔を寄せて、順番に記念写真を撮った。妹はピースサインまでした。父は、母の手を握りしめ、「オバサン、好き好き。オバサン、ありがとう」と繰り返しお礼を言っていた。
夜半、奇蹟的に脈拍も血圧も正常に戻り、母は翌朝目を覚ました。目覚めた後、父が手を握ったら、母は嫌そうにその手を振り払った。

 

……えーっ! オジサン、めっちゃ嫌われてるやん!!(オジサンとオバサンの関係については、寛夫の詩「ところがトッコちゃん」を参照。トッコちゃんはオバサンの愛称)と、涙も乾く衝撃の事実に見舞われたのですが、そんな風に読者はしばしば良い意味で期待を裏切られるのです。(「妹はピースサインまでした」も、それはそれで気になるところ)

 

ところで寛夫は母が亡くなる時の顛末を書いた小説『土の器』で芥川賞を受賞し、父が亡くなる時のことは『音楽入門』という小説にしていて、この二作を読んだ伯父(父の兄)に「お前は死肉にたかるハイエナのようなやっちゃな」と言われたことがあるそうで、そんな父のように自分もハイエナデビューを果たした、とおっしゃる啓子さん(啓子さんのデビュー作は、『赤毛のなっちゅんー宝塚を愛し、舞台に生きた妹・大浦みずきに』)。続く二作目が父のこととなれば、確かにその言にも一理あるのかもしれませんが、この本を読むと、とても阪田寛夫が愛おしくなるし、彼ばかりでなく寛夫の周辺(※)にも興味がわいてきます。これをこそ「よき評論」と言わずして、何をしてよき評論と言うのでしょうか。それに、確かにイメージは良くないものの、「ハイエナ」とは言い換えれば「死肉をも生命に変える動物」なのです!

 

(※)伯父に「椰子の実」の作曲者・大中寅二。その息子で「サッちゃん」の作曲家に、従兄の大中恩。そして、「学校で三浦朱門さん、職場で庄野潤三さん、仕事でまど・みちおさん、そして住いで阿川弘之さんと巡り合えた父は、幸運であったとつくづく思う」

 

改めて、阪田寛夫の素晴らしさと、どう考えてもその文才を引き継いでいる啓子さんに敬意を表しつつ、寛夫の父の「末期の言葉」を掲げて終わりにします。

 

亡くなる日の朝、祖父はそこにいた一同に向かって「エヴリシング オールライト」と言った。

 

阪田家、かっこよすぎ!!!

 

『枕詞はサッちゃん 照れやな詩人、父・阪田寛夫の人生』新潮文庫
内藤啓子/著

この記事を書いた人

坂上友紀

-sakaue-yuki-

本は人生のおやつです!! 店主

2010年大阪の中崎町で本屋を始める。2012年大阪の堂島に移転、現在に至る。好きな作家は井伏鱒二と室生犀星。尊敬するひとは、宮本常一と水木しげると青空書房さんです☆ 現在、朝日出版社さんのweb site「あさひてらす」にて、「文士が、好きだーっ!!」を連載中。

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