幸せになりたければ、カトリックに改宗し、スペイン語を学べ!?『Numbers Don’t Lie 世界のリアルは「数字」でつかめ!』

三砂慶明 「読書室」主宰

『Numbers Don’t Lie 世界のリアルは「数字」でつかめ!』NHK出版
バーツラフ・シュミル/著 栗木さつき・熊谷千寿/訳

 

国連の機関が毎年発表している「世界幸福度報告書」によると、調査対象である世界の156か国の中で、日本は2018年が54位、2019年が58位、2020年は62位と後退し続けています。このデータを見て、「確かに幸福度下がっているな」とうなずいた人は、この本を読んでみてください。世界の見方が変わります。

 

著者のバーツラフ・シュミルは、エネルギーの専門家であり、学際的な研究者としてもよく知られ、ビル・ゲイツが熱烈に追いかけ続けている博覧強記の知の巨人です。
本書は、ニュースで取り上げられるようなトピックの誤解を、どうすれば正しく考えることができるようになるのかへの挑戦でもあります。シュミルが使った武器は、浩瀚(こうかん)な歴史でも、複雑な理論でもなく、公正な「数字」でした。

 

生活の質をもっともよくあらわす指標として経済学者がよく使う、「一人当たりGDP」や「可処分所得」は、指標としては疑わしいとばっさり切り捨て、世界各国の統計や国の公的機関が公表している年報や年鑑など、信頼できる一次資料のデータをもとに、実際にいま、世界では何が起こっているのか、起こりつつあるのかを、つまびらかにしていきます。

 

たとえば、本書の「69 ムーアの呪縛」では、ムーアの法則が取り上げられています。
ムーアの法則とは、集積回路上のトランジスタの数が2年ごとに倍になることです。ただし、指数的な成長をしていればなんであれムーアの法則と呼ばれる勘違いを、シュミルは数字で解きほぐします。

 

また、原子力発電というテクノロジーについても、数字をもとに「いったんは成功をおさめた失敗」と手厳しい評価をくだします
本書の白眉、「71 真のイノベーションとは」では、「現代社会はイノベーションにとりつかれている」ことを数字で解説してくれます。シュミルが本書で指摘したように、数字を見ないと世界のことはわかりません。しかし、

 

「わたしたちには、もっと優れた行動方針があるとわかっていながら、それより劣る行動をつい習慣として続けてしまう傾向がある」

 

と語っているように、それぞれの数字の裏側にある背景を見ようとすることも大切です。
話題の人新世、乳製品を消費する国の劇的な変化、電気自動車は本当にクリーンか? など71のインデックスから、シュミルがまるで世界を一冊の本のように、勘違いを見つけて、正しく理解するためには何が必要なのかを教えてくれます。

 

日本の読者として嬉しかったのは、「15 日本の将来への懸念」と「30 長寿国日本の食生活の秘訣」のトピックです。
知の巨人、シュミルの肩に乗って、これから日本がどうなっていくかを眺めることができるのは、本書からの贈り物でしょう。

 

読んでいて笑ってしまったのは、「9 なにが人を幸せにするのか?」です。
「世界幸福度報告書」によれば、「幸福」な国ランキングのトップは、フィンランドであり、第2位はデンマークで、ノルウェー、アイスランドと続きます。よく新聞やニュースでも目にする結果なので、なるほど確かに、と読みながらうなずいていたのですが、シュミルは、マスコミにも報道されていない点にメスを入れます。

 

麻薬が蔓延し、暴力事件や殺人事件の発生率が高いメキシコが幸福度ランキング23位で、フランスよりも上位なのは一体なぜなのか?
グアテマラよりサウジアラビアの方がランキングが下で、エクアドルが韓国より上位で、さらにアルゼンチンが日本より上位にあることの共通点はなんなのか?

 

シュミルに導かれるままに読み進めると、確かに、幸福度では下位のランキング国の方が経済的には豊かで、政情が安定していて、治安がよく、暮らしやすいのはなぜなのか? と疑問がわいてきます。幸福度の判定基準に不確かな指標が使われているのではないかと問い、幸福度と自殺率を比較しながら、なにが人を幸せにしているのか、を考察していきます。
シュミルの解答は明快で、幸福度ランキング上位の国の共通点です。

 

「いずれの国もかつてはスペイン領だったため、圧倒的にカトリック教徒が多いのだ。(中略)よって、この世界幸福度ランキングから明確に得られた教訓をお伝えしよう。北欧、オランダ、スイス、ニュージーランド、カナダ以外の、どうしてもトップ10に食い込めない国のみなさんは、カトリックに改宗し、スペイン語の勉強を始めればいい」

 

本書の原題は、「Numbers Don’t Lie(数字は嘘をつかない)」ですが、ここまで笑わされるとは思いませんでした。数字がなければ世界はわかりませんが、数字だけでも世界はわかりません。その背景には必ず人間の存在があり、人間の不合理や不可解な行動を、博覧強記の知の巨人が見たらどう見えるのかが、公正に、しかしユーモアたっぷりに語られています。本書を読む前と読んだ後では、世界の見え方が変わります。未来を歩くための新しい地図をどうぞ。

 

『Numbers Don’t Lie 世界のリアルは「数字」でつかめ!』NHK出版
バーツラフ・シュミル/著 栗木さつき・熊谷千寿/訳

この記事を書いた人

三砂慶明

-misago-yoshiaki-

「読書室」主宰

「読書室」主宰 1982年、兵庫県生まれ。大学卒業後、工作社などを経て、カルチュア・コンビニエンス・クラブ入社。梅田 蔦屋書店の立ち上げから参加。著書に『千年の読書──人生を変える本との出会い』(誠文堂新光社)、編著書に『本屋という仕事』(世界思想社)がある。写真:濱崎崇

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