SNSの時代に、失われた文脈と敬意を求めて

坂爪真吾 一般社団法人ホワイトハンズ代表理事

『限界から始まる』幻冬舎
上野千鶴子 鈴木涼美/著

 

 

稀代のフェミニスト・上野千鶴子氏と、気鋭の作家・鈴木涼美氏による往復書簡。面白くないはずがない。上野氏は私の大学時代の指導教員である。鈴木氏は同世代の書き手として最も注目している一人であり、デビュー作以来、ほぼ全ての著作を読んでいる。そのため、今回の書籍に関しては、「ここ数年で読んだ本の中で一番面白かったです」という小学生の読書感想文のようなコメントしか出てこないのだが、それでは書評としてつまらないので、あえて俯瞰的な視点から本書の意義を記してみたい。本書のコピーには「手加減なしの言葉の応酬」と書いてある。往復書簡の中では、上野氏・鈴木氏双方が、それぞれのプライベートな体験も交えつつ、忌憚のない意見を交わし合っている。

 

一方で、そうした「手加減なしの言葉の応酬」の背景には、相手の置かれている立場への理解と、相手に対する敬意が確実に存在している。対話は、相手の置かれている立場やこれまでの経験=一言でいえば「文脈」を理解し、それに対して敬意を払うことから始まる。同一の意見を持つ者同士が固まり、異論・反論をシャットアウトすることのできるSNSの影響によって、意見の異なる者同士の対話が困難になっている時代、本書を手にした読者は「お互いの文脈を理解・共有した上で、相手に対する敬意をベースにして行われる対話とは、こんなにも豊かで深いものなのか」と目を開かされることだろう。

 

本書の中では、いわゆる「身体を売る」=金銭を介して性を売り買いすることにまつわる問題が繰り返し取り上げられている。フェミニズムの視点から見ると、性風俗や売春の領域には様々な論点が詰まっており、極めて論争的・刺激的なテーマでもある。身体を売ること=金銭を介して性を売り買いすることの是非をめぐる議論は、刺激的である反面、論者が自らの価値観・道徳観を投影してしまう傾向が強い。そして、実際の当事者は基本的にほぼ声を上げない。その結果、非当事者同士がお互いの主義思想をぶつけ合う中で、自分の都合の良い形で当事者を代弁する振る舞いが目立つようになる。

 

終わりなき代弁合戦と、それに伴う当事者の二次利用。性産業で働く女性に「被害者」や「セックスワーカー」といったレッテルを勝手に貼りつけて、自分たちが気持ちよくなるような方法で代弁・消費することがやめられない。当事者が決して使わない言葉で当事者を代弁する人たちが増える一方、実際に現場で起こっている問題や、それらを引き起こす構造は放置されたままになる。私はこうした状況に嫌気がさして、フェミニズムの視点ではなく、ソーシャルワークの視点からこの世界を捉えることに魅力を感じるようになった。 

 

風俗の仕事や売春をしている女性のほとんどは、「性的搾取の被害者」でも「セックスワーカー」でもない。学生であり、社会人であり、母親であり、一人の女性であり、生活者である。
特定のイデオロギーを体現する存在ではなく、あくまで一人の生活者である彼女たちに向き合うためには、「彼女たちは何者か」「何者であるべきか」という議論に拘泥するよりも、「彼女たちが何に困っているのか」に焦点を当てて、その解決を支援するソーシャルワークのスタンスが私にとってはしっくりくるものになった。

 

SNSの時代、誰もがフェミニズムやセックスワークについて気軽に議論できるようになったが、それは「誰もが議論すべき」ということではない。SNS上で「ミソ(ジニー)」「ホモソ(ーシャル)」「マンスプ(レイニング)」という言葉を使っている人はたくさんいるが、実際はそれらの言葉に使われているだけ=文脈への理解も相手への敬意もないまま、それらの言葉に振り回されているだけであることが多い。「身体を売る」ことにまつわる問題は、稀代のフェミニストと元当事者である気鋭の作家の往復書簡(字数制限なし)だから、そしてお互いの文脈に対する理解と敬意があるからこそ論じられるテーマであり、140字のツイッターの世界で論じられるようなテーマではない。

 

文脈の共有とお互いへの敬意がないと、成立しない議論があり、語ることのできないテーマがある。文脈の理解と相手への敬意が消失しがちであり、かつそのことに誰も気づかないSNS社会の現在、これは何度でも確認されるべきことであろう。語りえぬものに対しては、沈黙しなければならない。上野氏と往復書簡を行うことができる書き手=上野氏からここまでの言葉を引き出せる言語力と当事者性を兼ね備えた相手は、おそらく鈴木氏が最後だろう。

 

本書を読んだ後に、SNSで展開されているフェミニズムやセックスワークをめぐる有象無象の議論を眺めると、あまりの内容の薄さ=文脈への無理解と相手に対する敬意の欠如に驚くはずだ。文脈の共有とお互いへの敬意がないと議論が成立しないテーマについては、SNS上で語らない=沈黙すること。この作法が、本書を通して広まることを願う。二人の往復書簡の中でも述べられていた通り、個人の思想や社会の構造は簡単には変えられないが、一人一人の行動は確実に変えられるのだから。

 

『限界から始まる』幻冬舎
上野千鶴子 鈴木涼美/著

この記事を書いた人

坂爪真吾

-sakatsume-shingo-

一般社団法人ホワイトハンズ代表理事

1981年新潟市生まれ。一般社団法人ホワイトハンズ代表理事。東京大学文学部卒。 新しい「性の公共」をつくるという理念の下、重度身体障がい者に対する射精介助サービス、風俗店で働く女性のための無料生活・法律相談事業「風テラス」など、社会的な切り口で現代の性問題の解決に取り組んでいる。2014年社会貢献者表彰。 著書に『はじめての不倫学』『誰も教えてくれない 大人の性の作法』(以上、光文社新書)、『セックスと障害者』(イースト新書)、『性風俗のいびつな現場』(ちくま新書)、『孤独とセックス』(扶桑社新書)など多数。

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