「ニュー新橋ビルのラビリンスにハマる」その(1)【第1回】 著:鈴木隆祐
東京B級グルメ散歩〜温故知新を食べ歩く〜

犬も歩けば棒に当たり、人も歩けば名店に出くわす。金さえ出せば、A級の食にはありつけるけれど、歩かなければ、B級のおいしさには気づかない。いざ行かん、東京B級グルメの気ままな旅へ!
――『東京B級グルメ放浪記』『愛しの街場中華』(光文社 知恵の森文庫)の著作がある筆者が、東京の旨くて安くて味のある名店を、散歩を楽しみつつ西へ東へ食べ歩く。

 

最近、散歩番組が大変なブームだ。その仔細な分析は置いといて、バブルの後遺症を抱えたまま景気は停滞しっぱなしの中、他のメディアが発達し、テレビ離れが進んだところへ、団塊世代が大挙して引退。さもありなんの展開と言えよう。
それら番組の構成もけっこう似たり寄ったりで、ある意味、マニュアル無しで生きられないのは老若男女みな同じか……とため息も出る。

 

とはいえ、ガチで漫ろ歩きなんか誰もできないのは確か。かの池波正太郎先生に『散歩のとき何か食べたくなって』(新潮文庫)という奮ったタイトルの名随筆集があるが、最初から文豪も「なにを食べようか」は決めて(少なくとも頭にはあって)、出かけたに違いないのだ。今なら「OK、Google」の力を借りてもしまうかも。

 

だったら、本当にぽかんと時間が空いた時、どこへ繰り出せばいいか? もし東京で最もイージーに散歩を楽しむなら、実は老舗の大型ビルに出かけるに限る。
新宿だったら西口の高層ビル群、池袋ではサンシャインシティ、浜松町には貿易センタービル……。レストランの類ばかりか、様々な物を商う店があって、それらがお目当てにもなる。個々のビルのロケーションに応じた店舗がテナントで入っており、商品を眺めているだけでけっこう飽きない。

 

ぼくは美術展等のチケット類をまとめ買いするため、1階は金券ショップだらけのニュー新橋ビルにたまに立ち寄る。
各店で値付けに差もあって、結果一通り回ると、気がつかなかった展示をチケットで知るという次第にもなる。むろん、その行き帰りに1階の一部と地下全体に広がる飲食店街をぶらつき、気分次第でなにか食べていく。

 

最近、同ビル1階の「むさしや」にいつ行っても行列ができている。この店には中学時分から通っており、界隈で最も当てにしている店なのだが、辺りにいろいろ新店ができ、回り回って支持が厚くなっているのかもしれない。

 

つい1週間前もお昼時をとうに過ぎたというのに、10人以上が並んでいた。その翌々日は夕方出直したが、晩飯にはまだ早い18時頃にやはり7~8人が列を成しており、空腹MAXだったので入店(といってもカウンターだけの店だが)を諦めた。

 

そう、昼を食いっそびれてかなりフラフラで、ぼくは地下に降りた。
すでに居酒屋の客引きがうるさいくらいである。ついその誘惑に堕ちそうになるが、こんな一心不乱に食べたいモードも、40代も後半を過ぎてからそうはない。

 

「今日の俺は無性にガッツリだぜ」。まるでずっとセックスレスだったのに、急に夜の営みを許された夫の気分。では、しばらく封印していたあそこに行くか……。

 

たまには禁断の“ガッツリ”をやっちまおう
あそことは「カレーは飲み物。」
いつの間にか都内に6軒、山梨に1軒と着実にフランチャイズ展開をし、今や水道橋で「とんかつは飲み物。」という別形態の店まで始めている。池袋の本店にはオープン1年後くらいに行ったが、その時点ですでに胃袋が更年期。「飲み物のようにカレーが食えない」自分を認識させられた。ま、ライス特盛450gにチャレンジしちゃったからかもしれないが……。

 

 

その時頼んだ、赤い鶏カレーの見た目もエグかった。小鉢に溢れんばかりにカレーを注ぎ、それを適宜、大皿に盛られたライスにかけるのだが、どうしても手がベチャベチャになってしまう。
本格的なインド風ともちょっと違う味わいはすなわち、高級レトルトカレーっぽく、いささか中途半端に思えた。スタンドカレーなら黄色くあってほしい――という世代的思い入れも手伝っているのだろうか。

 

新橋店は「むさしや」同様、通路に面したカウンター1列のみの店。「むさしや」にある白い簾のような遮蔽物もなく、一見、餌場感が強烈だが、「カレーを飲む」という臨戦態勢にはすぐ入れる。券売機で「黒い肉カレー。」(890円)をポチッとな。ライスは200gの小盛りから450gの山盛りまで選べるが、いくら空腹でも中盛り350gに止めるのが中年の常識だ。

 

「カレーは飲み物。」ではどこでも、12種用意されたトッピングから3種を選べるのだが、常連たちはみな、その注文を数字で読み上げる。聞いていると、「1-2-10」のチョイスが多いようだ。つまり味玉、らっきょう、フライドオニオンのチョイス。

 

しかし、ぼくは今回、黒にあえてパクチーをぶつけ、味たまと豆サラダ(バジル風味)を組み合わせた。すなわち「1-6-9」なのだが、数字で伝えるという玄人風の振る舞いには出なかった。カレー飲みとしてはまだまだ新人という意識に駆られていたからかもしれない……。

 

 

肝心の黒カレーは見た目ほどエグくない。味わいは普通の洋風カレーで大して辛くもない。そもそもねっとりしていて、飲み物感は希薄だ。
ただ、その肉のとろけ具合は素晴らしい。それらがサフランライスの山の片隅にすべて落ち込んでおり、結局はまとめ食いと相成ったからよけい、「ビールたもれ」の心境になった。が、水以外の飲み物は置いていない。なにしろカレーが飲み物だから……。
皿の端にはレモンが一切れ。半分ほど平らげたら、こやつを絞りかけ、卓上のホットソースも垂らせ、と壁に貼られた紙には書いてある。3分の1食べた段階でその勧告に従う。

 

むむむっ……レモンの酸味がソースのまったり感をほどいて、旨味が立ち上がってくるではないか。ホットソースでようやく刺激も得られた。ここでパクチーが俄然効いてくる。スプーンを動かす速度が倍になる。
そこまでモタモタ食べていたが、飲み物と呼んで差し支えないスピード感で一気に食べ終わっていた。レモン効果か、思ったほどもたれないのもありがたい。

 

「カレーは飲み物」と最初に発言したウガンダ・トラが亡くなって、もう10年になるが、彼がこのカレーを食べたらなんと言うかな。彼なら食後にドラムを叩くが、ぼくはのそりのそり、汐留方面まで歩く。

 

新橋周辺には案外、腹ごなしに寄れる場所がいっぱいあるのだ。電通のアドミュージアム東京、パナソニックの汐留ミュージアム、リクルートのクリエイションギャラリーG8……。
今年の桜は一気に咲いて散ったが、まだ浜離宮の菜の花は綺麗に咲き誇っているだろう。

 

 

東京B級グルメ散歩

鈴木隆祐(すずき りゅうすけ)

ジャーナリスト
1966年長野県生まれ、東京育ち。法政大学文学部在学中より出版社で雑誌編集を始め、その後フリーの道へ。数々の月刊誌、週刊誌、ムック等の編集や執筆、制作を手がけ、様々な分野を渉猟。教育やビジネスを得意分野とし、『名門高校人脈』(光文社新書)、『全国創業者列伝』(双葉新書)等の著書がある。一方でライフワークである食べ歩きの成果を『東京B級グルメ放浪記』『愛しの街場中華』(光文社知恵の森文庫)、『東京実用食堂』(日本文芸社)、『名門高校 青春グルメ』(辰巳出版)といった著書に結実させてもいる。
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