【小説家・椰月美智子さん登場!】椰月作品を例えるなら「ミルフィーユ」?小説だからこそ書けるディテールの妙とは(後編)
市川淳一『ぼんくら書店員のぼんくRADIO』

新刊『緑のなかで』が発売されたばかりの小説家・椰月美智子さんを迎えての収録も後編へ。市川さんのとどまることない椰月作品愛が炸裂します!

 

 

――ここまで、椰月作品の魅力というのを市川さんにたっぷりと語ってもらいましたが、ここからはもう一度、最新刊『緑のなかで』の話に戻りたいと思います。

 

市川さん、この作品にも付せんがいっぱい貼られていますが、『緑のなかで』の特に気に入ったシーンや描写について話していただければ。

 

市川 承知しました。本当にもう素晴らしい作品で……素晴らしかったです。

 

椰月さん ありがとうございます(笑)

 

市川 今回もすごい好きなフレーズがたくさんあって。まず、冒頭なんですけどP12の「その後4名ほどメンバーが来て、談笑しながらカムナン岬行きの日程を調整し、なぜか全員で百人一首を2回ほどやって解散となった」というくだり。百人一首をやってるんですよ。

 

――また細かいところですね(笑)

 

市川 本編と全然関係ないんですけど、百人一首を「2回」というところがすごい。

 

――細かすぎて伝わらないのか伝わるのか。

 

市川 1回目やったんだけど「なんかちょっとシックリこないな。百人一首、久しぶりだもんな」みたいな感じで、多分2回目をやったんですよ。

 

――これだよね、みたいな。

 

市川 そうそう。「こんな感じだった、ちょっともう一回やろうか」って。で、3回やると冗長だからこのまま解散したと思うんですけど。そういうところがすごい好きで。

 

――補足しますと、この4名というのは主人公を含めた大学のサークルメンバー。いわゆる大学生が集まってくっちゃべったりとかしている、何気ない光景。そこの「百人一首を2回」というのがすごく良いと。

 

市川 だって、必要ないじゃないですかこのくだり(笑)

 

――そうですね。例えば「カムナン岬行きの日程を調整し、解散となった」でも意味は通じますからね。「百人一首を2回」というのが入っていることによって、想像力が掻き立てられるというか。

 

市川 後はP23の……なんかこれ、先生になった気分(笑)

 

――『緑のなかで』をお手元にお持ちの方はP23を開いてください(笑)

 

市川 「絢太は卵アレルギーの気があるので食べられず、結局、父が二個、啓太が三個、無理やり食べた。一つ食べると寿命が七年延びるという触れこみだったから、父は十四年、啓太は二十一年延びたことになる。」

 

――家族旅行のくだりですね。

 

市川 寿命伸びました(笑)これも落語的だな、と僕は思っているんですけど。後は……。あ、こんなダラダラやっちゃっていいんですか?

 

――はい。いつも、椰月さんの本を読まれた際にはこうやって感想を伝えているとか。

 

市川 そうですね。こんな感じです。

 

椰月さん 川崎にお邪魔すると、感想大会をこのように。

 

――じゃあこれは「感想大会特別編 inラジオ」という感じですね。

 

市川 それで、P83ですね。「流れてゆく色濃い風景を見ながら、啓太は何よりも健康が一番だなあと思う。」これがまた、すごく好きです。健康が一番。

 

――そりゃそうですよ!(笑)

 

椰月さん 私も本当にそうです。何よりも健康が一番。

 

市川 でも結構、「健康が一番だと思う」ってフレーズ、この作品の肝だったりしますよね。

 

椰月さん そういう見方もありますね。

 

市川 体がしっかりしていないと気持ち的にも落ち込んだり。

 

椰月さん 健康な身体に健康な精神は宿る。

 

――「啓太は健康が一番だなあと思う」は啓太のセリフ以上に、彼がどういう人間なのかを(伝えている)。ふとこう思う人間なんだなあと。読んでもらえればわかりますが、啓太くんは絶対にこういうことを思うんですよね。タイプ的に。

 

椰月さん 大学生、若い人たちが健康についてなんてあまり考えないかもしれないけど、啓太は絶対に考えている。

 

――「ふと」思うんですよね。そういうところがある意味、どんな冗長なセリフよりも、伝わってくるというか。

 

市川 主人公の啓太は二十歳じゃないですか。二十歳で「健康が一番」って全く思わないですよ。

 

椰月さん いないです(笑)

 

市川 健康を気にするなんて三十歳をちょっと過ぎてから。ドラクエでいうと、宿屋に泊まるんだけど、翌日HPがちゃんと満タンになっていないんですよ。

 

※ドラクエの宿屋……主人公たちパーティーが体力を回復するために利用する。
おはよう ございます。ゆうべは おたのしみでしたね。

 

――あれ、8割にしかなってない?みたいな。

 

市川 そうそう。あれ、宿屋泊まったんだけど?っていう日が続く。体調ってだんだん戻らなくなっている。

 

――ベースがもう落ちている。

 

市川 それを二十歳にして気づくところがすごい。

 

あとP109の「母は、ボトルシップが好きだった。」僕これ、すごい好きなんですけど。ボトルシップってすごくないですか?

 

――瓶の中に船が入っている。切り口とかはなくて、どうやってこれを作っているんだろう?っていう。

 

 

市川 今、ボトルシップがある家がどれだけあるのか。

 

椰月さん ね~。昔はありましたよね。

 

――結構今だと、富裕層の家にあるイメージ。

 

市川 ありましたよ、うちにも。

 

椰月さん ありました。

 

市川 赤べことボトルシップはどこの家にもありますよ。

 

※赤べこ……福島県会津地方の郷土玩具。「べこ」とは東北地方の方言で「牛」という意味である。

 

椰月さん 赤べこはなかったけど(笑)

 

――見たことはありますけど、デパートとか催事場で展示されているイメージ。

 

 

市川 作品を読み進めると、「なぜ母はボトルシップが好きだったのか」を主人公の啓太が再考察するくだりがある。こういう何気ないディテール、お母さんの趣味を言っているだけなのに、それが実は物語の中でお母さんのサイコロジーに関係してくる。

 

――メタファー的な。それに啓太が気付いていく。少し補足すると、『緑のなかで』は家族の話がひとつの主軸になっているんですけど、主人公の啓太はお母さんとちょっと複雑な関係というか、モヤモヤした感情、喜怒哀楽でうまく表せないようなものを持っていて。

 

そこで、啓太から見た母親像において「ボトルシップ」が彼女を象徴するんじゃないか、というある種の道具として出てくる。自分もこの「ボトルシップ」という表現は上手いなと思いました。

 

市川 あとはP124の……これ長いですよ!?付せんいっぱいありますよ!?

 

――「おれたちの架け橋」まで入れたら315ページまであるので。まだP124ですからね。せっかくなので最後までやってください。

 

市川 「啓太はこれまで、こんなふうに先のことを考えることはなかったが、もしかしたらそれは母の失踪と関係しているのかもしれない。人は突然いなくなる。気付かぬうちに離れていく。今あるものが続く保証はどこにもない。」

 

自分というのは誰かの日常のパーツ、彩りで、「誰か」も同じだと思うんですよね。自分のことになっちゃうんですけど、1年くらい前に大好きだったおばあちゃんと死別した時、本当に見える景色ががらりと変わったというか。なんでもない日常って実はかけがえのないものなんだよって気付かされて。椰月さんの作品は、たくさんそういう描写があると思うんですけど、この一文は象徴しているなって。

 

椰月さん 「かけがえのない日常」というのは使い古されたようによく言われる言葉ですけど、それをしつこく書いています。

 

市川「かけがえのない日常」といっても、椰月さんの場合はディテールが細やかで人物造形が繊細だから、このフレーズが響くんだなと思っていて。変な言い方をすると、似たようなプロットの作品ってたくさんあるんです。けど、椰月さんの作品に関しては読後感が全然違う。

 

椰月さん ありがとうございます。

 

市川 僕の中で「ミルフィーユ小説」と名付けているんですけど。

 

――いいワード。キャッチコピーとして。「ミルフィーユ小説」と言いますと?

 

市川 ディテールの積み重ねが多層的になっていくから、何気ない会話のシーンでも、ものすごい感動が生まれる。

 

椰月さん ペンネームも「ミルフィーユ椰月」にしようかな。

 

市川 お願いします。「椰月ミルフィーユ美智子」にしてほしい。

 

――フランスかどこかの血を引いていそうな。

 

ボンクラ書店員のぼんくRADIO

ぼんくら書店員・市川

「『竜馬がゆく』と『燃えよ剣』の出版社の違いが分かる」を理由に、自信満々で某チェーンにアルバイトとして入社し10年が経過。光栄のゲームの武将パラメータを眺めながら、歴史小説を読むのが日課のボンクラ書店員。たまに本の帯やポップをデザインしたり、小説の巻末に漫画を描いたりしています。1981年神奈川生まれのAB型。
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